第十九章 その四
二人は、豆酘崎の崖をおり、白ババが住む洞窟の前にやってきた。あゆみは直ぐに大声で白ババを呼んだ。
「白ババ~」
洞窟の奥から白ババが滑るように出てきた。
「これは、あゆみ様。お久しぶりでございます。ずいぶんと逞しくお成りになりました」
「白ババ、会いたかったぁ~」
体が大きくなったあゆみは、白ババを抱きかかえるとぎゅと抱きしめた。
「あゆみ様は大きくなられても甘えん坊ですねぇ」
白ババはあゆみの体をなでながら優しい顔でつぶやいた。
あゆみは白ババをそーっと降ろすと、真顔になって言った。
「そうなの、白ババ。私、急にこんなに大きくなっちゃって……。どうしてなのかな? 白ババなら、理由を知ってるかもと思って聞きにきたの」
「やはり、そうなりましたか……」
「やはり? 白ババはこうなることがわかっていたの?」
「わかっていたわけではありませぬ。しかし……、本来なら13歳で己の運命を知らされ、23歳までの10年間で日神の一族として、母より様々なことを学び、心構えを育てていく習わし。これまでの姫も皆そうして成長していかれた。
ところが、あゆみは様は12歳で、しかも何も知らぬうちに、日神の子孫として一人で対馬を守るという役割を担う事になってしまったんじゃ。
あゆみ様はあの時、タイムスリップをして天仁法師が生きておられる時代へと参られた。そこで術を習い、実際に悪の大魔王とも戦ってこられました。
恐怖や怒り、様々な心の動揺にくじけそうになりながらも自分を保ってきた。この短い期間の体験が、日神の神としてのあゆみを大きく成長させることになった。10年分の成長を短い期間で経験して来られたのです。
その成長は肉体とも結びつき、あゆみの体は急激に大きくなってしまったのでございましょう。
ただ……」
「ただ? ただ何? 何かあるの?」
あゆみは心配そうに、白ババに詰め寄った。
「一つだけ心配なことがございます」
「心配なこと……。それは、どんなこと?」
「おそらく大丈夫だとは思いますが、なにしろ年寄りで心配性でございますから……」
「いいから、早く言って!」
あゆみは珍しく強い語気で白ババに迫った。
「あまりにも短い期間に沢山の激しい感情に襲われて来られた。これまで大きな感情の波に心が踊らされ、悲しみや悔しさや恐怖に恐れおののかれたことでしょう。
バランスを崩し、魂がコントロールできない状態になっておられないかと。特に怒りに……。
これから後もし、とてつもない大きな怒りに出会われ我を忘れた時、歯止めがきかず、今よりもっと大きくなられてしまう可能性があることを……、ババは恐れております」
「それは、大丈夫です! 俺がそうはさせない」
側できいていた安國が急に顔を上げ、大きな声で言葉を発した。
白ババは安國の方をじろりとみると、あゆみに視線を戻し尋ねた。
「あゆみ様、このお方は?」
「ああ、この方は信國の一番弟子で安國って言うの! 私を守るために一緒についてきてくれたの」
白ババは急にニヤニヤした表情になると、安國に向かっていった。
「ほほ~、道理であゆみ様が華やいでおられるのか。安國どの、あゆみ様を宜しく頼みますぞ。安國殿が付いててくれれば、きっとあゆみ様の心も乱れはせぬでしょう」
「もう白ババ~、それ、どういう意味よ~」
あゆみは顔を赤らめて白ババに向かって怒ったように言った。
安國は緊張した表情で下を向き、「はっ」と短く返事をするのが精一杯だった。




