第三章 その一
あゆみとあんじょは静まり返った部屋で母を囲んで座った。
「かあさま、いつまで眠り続けるんだろう」
あゆみが力なくつぶやいた。
「母君は闘っておられるのですよ。
あゆみさま」
「闘ってるって、誰と?」
「黒の法師の魔力を封じているのです。法師様が千四百年前に黒の法師の魔力を封じて塚に入られたように」
「じゃあ、法師様と同じように、ずっと眠ったままなの?」
「いや……。法師様が塚に入られたこととはまた違いますので。
いつまで、母君の力だけで抑えきれるのか。母君もそれほど長くは持たないと言っておられた」
あんじょは母君の顔を心配そうにみつめながら言った。
「ねぇ、あんじょ。
あんじょは、いつからいるの? この世界に?」
「わたしは法師様の母君が亡くなられた時に、命を与えられました。
この塚は、初代母君の墓であり、その後の母君たちの墓でもありますので、その塚をまもるためと、天馬山を守るのがわたくしの役目でございます」
「法師様のお母様はどんな人だったの?」
「美しく賢い女性だったそうです」
「法師さまのお父様は?」
「お父様は太陽、お天道様です。
法師様の母君は、二十三の年になられた時に、太陽の光を浴び、それが体内に入ったのを感じられたそうで、その時に法師様を身ごもられました」
「えー、太陽を浴びて子どもができるなんて、信じられない!」
「しかし、唯一、その直系の末裔があゆみ様でございます」
「えー、まつえい? どういうこと?
私のうちは、塚守りの家系で、あんじょやしょうたんと、法師様やその母君の塚を守るのが役目なんでしょ?」
あゆみは大きな目をさらに大きく見開き、あんじょをじっと見た。
「そうではございますが、それだけかと言うと、そうではありません……」
「もう、何! 回りくどいなぁ。はっきりと言って」
「法師様にはおひとり娘様がいらっしゃいました。その娘さんは、二十三の年になると、初代の母と同じように、太陽の光を体内に感じ、子どもを身ごもられたそうです。そして、生まれてきたのはやはり女の子。そのあとも代々そのように、二十三の年になると光をあび、女の子ができる家系が続いているのです。
あゆみ様もそうして生まれてきた法師様の末裔の姫でございます。
本当なら、あゆみ様が十三になられた時に母君からお話されるはずでしたが……」
あゆみは目を丸くしたまま、ことばがうまくでて来ないようだった。
目を軽く閉じると小さく溜息をついた。
「あんじょ…、ちょっと待って。
普通の家ではないとわかっていたけど、わたし、光を浴びて生まれてきたって言うの?
そんなことすぐには信じられない。
ってことは、私はやっぱり人間じゃないの? 魔魅なの? さっき白ババは魔魅ではないって言ってたけど、私はなに?」
「あゆみ様はあゆみ様ですとしか言えません。
しいて言うなら、太陽の子の子孫。法師様は日輪の精と呼ばれておりました。
法師様は幼い頃より神童と言われ、九歳にして仏門に入られ、奈良の都で修行を重ね、神通力を得て、再びこの島にもどられました。 すべてにおいて長けておられ、都の天皇がご病気になられた時に、都の有名な占い師が、法師様の事を言い当てられ、都に呼ばれました。
法師様は空中飛行の術を使って、対馬から壱岐、壱岐から大宰府。大宰府から奈良へと山をひとっ飛びで都へ飛んで行かれたそうな。
そうして天皇の病気をお治しなられた法師様は、その名を世に轟かせ、また沢山のほうびを貰い、この島のために貢献されたとのことです」
「へー、すごい人だったんだね、法師様って。だから、千年以上もこうして皆なが塚を守って来たんだ!」
「すごいだけではなく、島の民のために祈祷され、希望を与えてくれたのだと当時の民は、法師様のことを慕っておりました。
法師様が生きておられる時から、お日様がを法師様だと言って、朝に夕に太陽に手を合わせては拝んでおったとのことでございます」
「えー、教祖さまだったってこと?」
「そういうことですね。法師様が亡くなられたあとも、長い間、島の民は太陽を拝んで法師様のことを忍んでおりました。一つの宗教といえるでしょうなぁ。
しかし、それだけで話は終わらないのです」
「えー。まだ、何かあるのー。もう頭いっぱいだぁ」
「しかし、これからの話があゆみ様の……」
あんじょがそう言いかけた時、どんどん、どんどんと玄関の戸を叩く音がした。