十九章その三
「やっぱり拓郎だったんだね」
拓郎は何も言わず、こくんとうなづいた。
「知らなかったことにするね。信國には言わない。二人の秘密にしよ」
「うん」
拓郎は小さくつぶやきうなずいた。いつになくしょんぼりとした表情だ。
「元気出して! 拓郎と一緒にいられたら、あゆみは嬉しい」
あゆみはにこりと笑って言った。
「わかった! 俺があゆみを、いやあゆみ様をちゃんと守るからさ。だから……」
「やだなぁ、あゆみでいいよ! で? なに?」
「夏休みの宿題、写さしてくれ」
「はぁ~」
あゆみはこけそうなフリをしておどけると、「まったく、もう」とけらけら笑い転げた。
笑いがおさまると、拓郎がまじめな顔で話始めた。
「だけどさ、あゆみが天仁法師様の末裔だとは驚いたよ。しかも、しばらく見ないうちこんなにデカくなってるしさ!」
「デカいって言わないでよ! 悩んでんだから……」
あゆみは口を尖らせ大きく溜息をついた。
「デカくなってもあゆみはあゆみなんだから、今までと同じだ。悩むことなんかない!」
安國は目の前の海を見ながらそう言うと、急にあゆみの方に顔を向けニッと笑った。
「座れよ」
拓郎はあゆみに座るよう目で促した。二人は豆酘崎の突端にある平らな石に腰を降ろして、海を見つめた。
「拓郎にはお兄ちゃんがいるよね!」
「ああ」
「なんで、拓郎、いや、安國が一番弟子なの? このまま行くと安國が信國のあとを継ぐんだよね!」
「それなんだよね……。兄貴もいるし、俺さ、実は双子なんだ!」
「あ、盛國ね! 道理で拓郎と似てると思った!」
「俺の家では跡継ぎは爺様が決めるんだ」
「じいさま? 拓郎んち、おじいちゃんいたっけ」
「爺様は俺が小学校上がる前に死んだ。
俺の家はもともと浅藻にあって、俺も浅藻で生まれたんだ。男ばっかり三人いて、知ってるように兄貴が定國で、もう一人は双子で生まれた弟の盛國。だけど、爺様が俺を跡継ぎにすると決めた」
「どうして?」
「俺の家、河野家では代々、あとを継ぐのは体に手裏剣みたいな形のあざがある者と決められているらしい。俺たちが生まれた時に、爺様が俺を抱き上げ「家を継ぐのはこの子じゃ」って言い渡され、俺だけ三才の時から内山で爺様と婆様と一緒に暮らすことになった」
「へぇ、手裏剣みたいなあざ……。なんかかっこいいね! 拓郎、そんなあざあったっけ?」
「ぜんぜん、かっこよくねぇよ」
そう言いながら、白い上着の袖をめくりあげると、肩の付け根にある手裏剣の形をしたあざを見せてくれた。
「おかげで小さい時から鍛錬の毎日だったよ。修行は苦しいし、家族には会えなくて寂しいし……。何度か逃げだしたこともあるなぁ。その度にじいちゃんに連れ戻されてさ、ははは……。
『お前は、河野家48代目の当主となる男だ。それくらいで根をあげてどうする』って。
河野家は対馬修験者の一族で、三位坊として天仁法師様の側で働いてきたらしいんだ。天仁法師様とこの島を守ってきたことや、悪の大魔王を封じ込めるために命がけで闘ってきたこと、河野家には大切な役割と使命があると言われて育てられた。俺の本当の名は、河野万太郎安國と言うんだ」
少しうつむき加減に話す拓郎に、自分の気持ちを重ね合わせた。
「そっかー。拓郎もいろいろ大変なんだね! あゆみ、ちょっぴり安心した」
「安心したって?」
「だって、こんな普通じゃない暮らししてるの、あゆみだけなんじゃないかと思ってたから」
「いやいや、俺なんか比じゃないよ! あゆみ、いやいや、あゆみ様はすっごいよ」
「もう! そんな言い方はやめて。私だけ特別なんて、ほんっと嫌なんだから!」
「わかったよ。それより、そろそろ白ババの所にいこうか」
そう言うと、拓郎は頭巾をかぶり直し白い布で口元を覆うと、きりっとした目で合図をおくると言った。
「あゆみ様、参りましょう!」




