第十八章 その三
しばらくすると奥の部屋から小夜と共に男性がやってきた。
亀卜の占い師というので、どれだけ怖そうな男の人がやってくるかと、あゆみが少し緊張気味に待っていたら、小柄で柔和な顔をした男性が笑顔で現れた。グレーの作務衣を着た男の優しそうな顔を見てあゆみは内心ホッとした。
「これはこれは、あゆみ様、お待たせいたしました」
にこにこしながら、男はあゆみの前で頭を深々と下げた。
「まさか、天仁法師さまの末裔のお方にお目にかかれるとは……」
男は感慨深そうにつぶやいた。
「あゆみと申します。今夜はお世話になります」
あゆみも深々と頭をさげた。
「滅相もない。こんな粗末な家にお泊りいただいて大変恐縮でございます」
「亀卜の占いをやっておられるとお聞きしました。亀卜について教えていただけますか?」
「あゆみ様、確かに私の家は代々、吉田地区の亀卜を執り行って参りました。私は西山家八十四代当主の西山礼之輔と申します。
亀卜と申しますのは、遡ること今から1800年あまり前に、偉大なる神功皇后が三韓伐を行われた際、その道案内を仰せつかった雷大臣命様が中国で行われていたものを持ち帰られた占いの技法でございます。
アカウミガメの甲羅に熱した桜の木を押し当て、そのヒビの入り方で、その地区の一年の吉凶を占ったのでございます。特に対馬は亀卜が盛んで、古い時代には対馬各地に亀卜の占い師がいたようでございます」
「六観音の側にある神社では亀卜が行われたと聞きましたが、西山家でもやはりやっておられたのですね」
「対馬の六観音は政治と深く結びついておりましたようでございます。信仰によって民衆の心に安定をもたらしたり、民に希望をもたらしたことでしょう。
また、仏の姿や力を現わした神社を権現様とし、そこには私のような占いをする卜部が必ずおりました。亀卜の神事はもともと対馬の阿連地区に伝わったもので、それから対馬の各地に広がっていったようです。そして、対馬の六郷に役所ができ、権現様が建てられ、六観音が設置されてからは、亀卜もそこで執り行われるようになりました。佐護や仁田、吉田の天諸羽神社、三根の小牧宿禰神社もみなそうです。
それから時代の流れと共に卜部の数も減り、神事と関わりの深い豆酘や佐護では長い間、行われてきたのです。現在では、豆酘の集落だけに受け継がれていると言われています。表向きには知られてはおりませんが、我が西山家は密かに朽木の天諸羽神社で亀卜を行っているのです。
昔は、天の力、神の力、仏の力、気の力、そしてこれらを使って占い導く幽玄の魔力を重視しておりました。私の家の祖先は亀卜の占いだけでなく、信國殿と同じく代々対馬で修行を重ねた修験者でもありました。修行を重ねる事で、特に予知能力やめに見えぬものをを感じる力を習得していったようでございます。その遺伝子は今も受け継がれ、験力をもったものが家長を務める習わしでございます。
目に見えぬ魔訶不思議な力、これは現代でも大きく働いておりますが、多くの人にはわかりにくいため、科学というものに置き換えて伝えておりますが、それだけでは説明しがたいこともあるのです。
「そうでしょう。私の存在がまさにそれです」
礼之輔の話をじっと聞いていたあゆみが寂しげにそう言った。小夜は、そんなあゆみを愛おしそうに見つめるのだった。
その後、あゆみは小夜の家でゆっくりと一夜を過ごし、すがすがしい朝を迎えた。




