第十八章 そのニ
魔魅たちが去ったあと、森の中は静けさを取り戻した。
「あゆみ様、今日はもう遅くなりましたので、豆酘には明日の朝お行きになる事をおすすめします。今夜はこの地にお泊り下さい。私の知り合いで古より天仁法師様にお仕えした者の子孫が今も密かにこの地を守っております」
信國はあゆみの側に来ると片膝をつき、小声でそっと伝えた。
「え? さっき言ってた、ここを守ってるっていう人のこと? その人は曽にいるの?」
「そうです。もともとは吉田の天諸羽神社で亀卜をされておられた卜部の子孫で、観音様を移された時に曽に移り住まれたとのこと」
「わかったわ。天仁法師様にお仕えして来られた一族ならお会いしたい。それに亀卜の占いのことも知りたい」
あゆみは信國の勧めで、今夜はこの地を守る卜部の家に泊まることになった。信國に連れられて観音堂の近くにある一軒の民家を尋ねた。
トントン
信國が玄関のドアを軽く叩いた。扉が開くと一人の女性が出てきた。その人の顔を見るとあゆみの心にはとても懐かしい思いが溢れた。
「こんばんは……」
あゆみは小さい声で挨拶をした。
「あゆみ様、お待ちし申しておりました」
「えっ、私が来るのがわかっていたの……」
「あ、はい。主人が占いで、太陽神に関わりのある方がお越しになられると予言がでたと言うものですから」
その女性は小さい声でそう答えると優しく笑って、あゆみに言った。
(信國の言うとおりだ……。凄い力がある人なんだろうな)
あゆみは少し戸惑いながら信國のほうを振り返った。
「あれ? 信國がいない」
「信國様は、もうお行きにになられましたよ。あゆみ様、お疲れでしょう。どうぞ中に入って
ゆっくりなさってください」
「信國ったら、相変わらず消えるのが得意だわ」
あゆみは小さく溜息をつくと、こくりと頷き目の前の女性を見た。
「あ、あの……あなたのお名前は?」
あゆみは少し遠慮がちに尋ねた。
「私は小夜と申します」
「小夜さんによく似た人を知ってる。その方は佐護にいる女性なの」
あゆみは、小夜の顔をじっと窺いながら言った。
「きっと、八重姉さんですね」
「八重さんは小夜さんのお姉さんだったの! 道理で良く似てると思った。じゃあ、小夜さんも、まも……りびと?」
あゆみが小声で言うと、小夜はあゆみの顔を見て、ゆっくりと頷きながら笑顔で答えた。
「小夜さんと八重さんはどこから来たの?」
あゆみは興味深げに小夜の顔を見た。
「私達は西海岸にある阿連という所で育ちました」
「ああ、あれ! 阿連なら知ってる。オヒデリ様があるところね!」
「まぁ、あゆみ様、阿連をご存じでしたか?」
「ええ、そりゃあ、知ってるわ! 阿連は神々が現るる地、ミアレっていう言葉から付いた地名で神聖な場所だもん」
あゆみは少し得意げな顔で言った。
「さすがでございます。あゆみ様。私達一族はみな幼い頃より神事に関わり、先々、日神の一族の方々がお困りになるようなことがあれば……と、育てられてまいりました。
姉は佐護の地で天仁法師様にお仕えしていた一族である少位補平田親左衛門規忠様のご子孫である平田親史様の元に嫁がれ、私が嫁いだ家は、ご先祖が亀卜をする家で、今も密かにその占いを代々受け継いでおります。一般的には、亀卜の風習は現在、豆酘地区にのみ受け継がれていると言われておりますが……」
「あ~、親史。懐かしい! 元気にしてるかしら~?」
小夜があゆみの様子を見て、クスリと笑うと、あゆみはあわてるように問い返した。
「あ、今は親史のことはどうでもいいんだった! そうそう亀卜の事! 豆酘にのみ受け継がれているってことは……、じゃあ、いつもは小夜さんたちも豆酘にいるの?」
「いえ、この家の先祖はもともと朽木、あ、今の吉田ですね! そこに住んでいたそうです。観音様が曽に移されてからは、ここ曽の地に住まい、観音堂を守っております」
「そうなのね。天仁法師様が生きていらっしゃる時代には、ご先祖さまはもう亀卜をされていたんですよね」
「はい、でもあゆみ様、詳しいことは主人にお尋ね下さい。さあさ、お部屋へ入ってお座りください。今から主人を呼んで参ります。あ……」
そう言うと、小夜はあゆみの耳元に顔を近づけると、
「主人は私が日神の守り人の家系の者とは知りませんので……」
小声でそう言うと、軽く頭をさげ奥の部屋へと入っていった。




