第十八章 その一
「あゆみさま。ありがとうございます……」
あゆみの眼の前にいつから居たのかわからないのだが、一人の小さな見たことのない少女が立っていた。
少女は透き通るように色が白く、目は少し青みがかった大きな瞳を潤ませていた。髪は長く軽くウェーブがかかっている、服は海藻を巻きつけたようなフリルのついた半透明で、耳や首には貝殻のようなアクセサリーをしていた。
「あなたは?」
「あゆみ様、この方は対馬の海の魔魅を司る姫『みその様』です」
みそのは、こくりと頭をさげた。
「りょうげ! どうして、魔魅の姫がこんな所にいるの?」
りょうげは静かに目を閉じ話始めた。
「あれは、朽木に黒の大魔王の一団が押し寄せた時でございます……。あの時、ちょうどみその様も朽木におられたのです」
「朽木に? なぜ?」
「あゆみ様は、朽木の蛇瀬をご存じでしょうか?」
「じゃぜ? しらない」
あゆみは興味深げにりょうげを見た。
「朽木、今の吉田と呼ばれる地区の手前に吉田浜いうところがあります。今はだいぶ海岸線が下がっていますが、以前はもっと奥のほうまでも海が迫っていました。あ、このごろ峰町のファミリーパークという広場が作られているようですが、そこから海側に少し行ったところに瀬があるのです。潮が引くと姿を現わしますが、満ちている時は見えません。
そのため、昔から瀬のことを知らない船が乗り上げたり、ひっくり返ったりして事故にあったようです。
その瀬はむか~しから蛇瀬と呼ばれていろんな話が伝えられているのです」
「へぇ~。それで、その蛇瀬とみその様とどんな関係があるの?」
「そうなんです」
急に、みそのが口を挟んだ。
「大昔から、その瀬には白い大蛇が棲んでいて、毎年三月の三日になると村で一番若くて美しい娘を襲って食べるという話があり、村人たちはとても恐れていました。それで、私は時おりその大蛇に会い、村人を襲わないように話に来ていたのです。この大蛇は本当は心優しい蛇だったのですが、黒の大魔王に何度も憑依され、操られていたのです。
見かねた天仁法師様が祈祷に来られ、蛇瀬の向かい側の山のすそ野に白嶽神社を建てられ、霊峰である白嶽山のお力も借り大蛇の悪行を封印されたこともあります」
「天仁法師様がここにもいらっしゃたの?」
あゆみは嬉しそうに顔をほころばせた。
「はい。天仁法師様が入定されるまでは、この大蛇もおとなしくしていたのですが、それから長い時間がたった時、また黒の魔王に憑依されあばれだしたのです。
そして、ちょうど悪の大魔王が、朽木の観音様をおそった時、大蛇も操られ大あばれして村人を襲ったりしているとのことで、それを止めるべく私も朽木にとどまっていたのです。
悪の大魔王の力は凄まじく、朽木の村は大変な被害に遇いました。しかし、祈祷者や僧、修験者が中心になって朽木の観音様を守り、曽に移しました。
その時、朽木にいた魔魅たち共に私も追われるように曽に逃げたのです。そしてあの竹林に逃げ込み、そこからずっと出ることが出来ぬまま、私達はながい間あの森の中に縛られて生き続けてきたのです」
「そうだったの、蛇瀬の話は初めて聞きました。それで、その大蛇はどうなったの?」
「あゆみ様、朽木と曽の皆様が悪の大魔王を追い払った時、共に大蛇もまた蛇瀬の向かい側にある白嶽神社に封じ込められたと聞いております」
「そうだったの。みその様、ずいぶんとお辛い目にお遇いになりましたね……」
あゆみはぎゅっとみそのを抱きしめた。
「あゆみ様、ありがとうございます。こんな日が来るなんて……。ううう……。
これまで長い間、りょうげやかおーら達が私をなぐさめに来てくれました。対馬の魔魅たちは本当に優しいもの達ばかり」
みそのは涙をぬぐいながら嬉しそうに笑うと、海藻のような服をひらひらゆれた。
「みその様、そろそろまいりましょうか? 何百年ぶりに、豆酘や神崎の海の魔魅たちのところへ帰りましょう」
りょうげがみそのに向かって言った。
「はい! りょうげ、共に帰りましょう」
みそのは、大きく頷きそう言うと、あゆみの方をみて深々とお辞儀をした。
「みその様。これからも魔魅たちと力を合わせ、対馬の海を守っていって下さいね」
あゆみは背の低いみそのの目線まで体をおろし、みそのの手を取ってにこりと笑顔を見せた。
みそのも、にこりと微笑むと「きっと、また会えますね、あゆみ様」そう言って、りょうげと共に去って行った。




