第十七章 その二
「あれは、もうかなり古い時代のことになるな~。天仁法師様がご入定されてから、しばらくは平和な時代が続いたんだ……」
山童はずっとずっと昔を思い出すように、遠くの景色を見ながら話し出した。
「もしかして、朽木の観音様が曽に移された頃に何かあったの?」
あゆみが突然にそう言うと、山童は、ひどく驚いた顔をした。
「あゆみ様、なんでわかるんですか?」
「それで? その後、何が起きたの?」
あゆみの真剣な表情に、山童は向き直り話し始めた。
「天仁法師様の力で、しばらく悪の大魔王の魔力は抑えられていたのさ。ところが、天仁法師様がいなくなって幾つかの時代が過ぎ、だんだんと世の中には戦が多くなっていった。殺したり殺されたり、人間たちは血生臭くなっていった。そういう心に悪の大魔王が忍びこんだんだ。
悪の魔王は、対馬を闇の世界にするために、まず朽木の支配を企んだ。あの手この手で観音様への攻撃を仕掛けてきたんだ。というのも悪の大魔王にしたら、朽木の観音堂に張られた結界が邪魔だったのさ」
「それでどうなったの?」
「正直、危なかった。天仁法師様が結界を張ってから時間が経っていたことと、人々の心がんだことで結界は更に弱まっていたから、そこにつけ込まれそうになって、朽木の観音様は奴らの手に落ちるところまでいった。だから……」
「だから観音様は曽に移されたんです。そして新しく結界を張り直された」
山童の話を聞いていた信國が口を挟んだ。
「信國……。信國も知ってたの?」
「詳細はわかりませんが、われら修験者もその時の戦いには加わったと伝えられています」
「そうなの~! 修験者っていろんな役目があったんだね」
「修験者の役目は表舞台の歴史の筋書きを実行するために、いろいろな事をやらねばなりません」
「信國の家の他にも修験者の血筋っているの?」
「古い時代には修験者もいろんなところから対馬にやって参りました。今の三重県と和歌山県にまたがる熊野という所を拠点とする熊野修験者。始めは熊野修験者が対馬に大勢いたようです。そのあと主となって働いたのは、福岡県と大分県にまたがる英彦山を修行場とする修験者達。表の社会には出て参りませんが、修験者同志のしのぎ合いも、かなり激しかったようです」
「信國の家はどちらなの?」
「われらの家系は、そのどちらでもなく、もともと対馬の地で修行した対馬独自の修験者でありました。熊野修験者や英彦山の修験者が入る前は、対馬独自の修験者もかなりいたようです。それをまとめて、一つの組織にしたのが天仁法師様であります。
天仁法師様は、天道教という太陽信仰の象徴であると同時に、われら修験者のトップでもあるのです。天仁法師様は対馬を守るために、いやもっと言えばこの世界を守るために存在した、天も地も司った大きく尊いお方でした」
「天仁法師様は本当に凄い方だよね……。私のご先祖様だなんて今でも信じらんない。ふぅ~」
あゆみは大きな溜息をついた。
プッ
横で安國が吹き出して、こらえ切れず笑い出した。
「これ! 安國。笑いすぎだぞ」
信國は、たしなめながらも苦笑いした。
「んもう! 二人とも馬鹿にしてー」
そう言いながらも、あゆみも肩をすくめて笑っていた。
あゆみは笑いながら、ふと何かを思いついたようにつぶやいた。
「そう言えば、三根の観音様は焼かれたんだったよね。この地は悪の大魔王にとってよほど重要だったんだね」
「はい。三根と吉田は、対馬の中央に位置して古くより重要な地でありました。ここを大魔王に押さえられたら、対馬は二分され力も半減する。
だからこそ、瑞喜庵の和尚と修林寺の和尚が力を合わせて観音様を守ったのです。
そして今も曽の観音堂を影で守り続けている者がいます」
「守り続けている者……」
あゆみが、ぽつりと呟いたのだが、それをかき消すように森の中がだんだんと賑やかになってきた。あゆみは、辺りをキョロキョロと見まわしながら叫んだ。
「な、な、な、なに! さっきよりも変な魔魅達が増えてきたわよ、やまわろう~」




