第十五章 その二
定國と盛國が去ったあと、二人残ったあゆみと信國。
「あゆみ様、曽はここからさほど遠い場所ではございませぬ。一緒にこの飛び傘にのって参りましょう」
「わぁ、飛び傘に乗るの初めて! これはいたずら天狗の道具なの?」
あゆみは目を丸くして興味深そうに尋ねた。
「はい、これはいたずら天狗の道具というよりも仲間というか……、魔魅に近い生き物です」
「えー、飛び傘って生き物だったの!?」
「は、は、はじめまして、あゆみ様」
小さい声でぼそぼそとしゃべる声が聞こえた。
「わっ!! 飛び傘がしゃべった」
あゆみは一瞬、のけぞりそうになりながら叫んだ。
「おお、私もしゃべるのを聞いたのは初めてだ」
信國も驚いた顔で言った。
「次はどちらまで?」
少しとぼけたような声で飛び傘が尋ねた。
「観音様がある曽と言うところに乗せてってほしいの」
「曽ですね。承知しました」
閉じた傘の形のまま頭を下げるように上の部分がくねっと折れ曲がった。
「きゃ、飛び傘ってかわいい」
あゆみが飛び傘にとびついて抱きしめた恰好で言うと、飛び傘はポッと赤くなった。
「では、お乗りください」
飛び傘は、ぐんと伸びて大きく傘を開いた。これまでは足場はなく、ただ捕まるだけの傘だったが、足場がある傘に変わっていた。
「おや、これまでとは形が変わったな。私の時は、つかまるだけで足場は無かった。飛び傘は形を変えることが出来るのか!」
信國が少し不満そうに、だけど感心するように言った。
「は、はい! あゆみ様は特別です」
飛び傘は恥ずかしそうに言うと、また赤くなった。
あゆみと信國は飛び傘に乗り、空を飛んだ。
「あゆみ様、観音像が朽木から曽に移った理由について面白い話が残っています」
朽木を飛び立って間もなくした時に信國が話始めた。
「え? どんな話?」
「もう少ししたら、トンネルが見えてきます。あ、そうだ飛び傘、双六坂トンネルの手前で、一度降ろしておくれ」
飛び傘は、トンネルが見えて来ると、スピードを落とし地面にそっと着地した。
「ホントだ! 双六坂トンネルって書いてある」
「あゆみ様、トンネルの上をご覧ください。ほら、手前から続く細い山道が見えるでしょう。以前トンネルがない時は、ここは山道になっていて双六坂峠と呼ばれておりました」
「へー、なんで双六坂って言うんだろう」
あゆみは、あたりを見ましながらつぶやいた。
「ここは朽木と曽の間にある峠でございます。
対馬の古い書物によりますと、もともと観音像があった朽木のお寺の瑞喜庵の僧と曽の修林寺の僧は仲良しで、二人とも賭け事が大好きだったそうです。
二人はしょっちゅう会っては双六で賭け事をしては遊んでいたそうですが、腕前は修林寺の和尚の方が少し上手だったようです。
そして1224年のある日、いつものように双六で遊んでいたのですが、瑞喜庵の僧は最後に大勝負に出て、なんと、あろうことか観音様をかけて戦ったそうですが、最後は修林寺の僧が勝ち、観音様は曽に移る事になったようです」
「なんということ! 観音様をかけて戦ったの!?」
「そうです。それがこの峠だったので、ここが双六坂と呼ばれるようになったのです」
「なーるほどね! だけど、曽に移った理由が双六なんて驚いちゃう!」
「ははは…。ギャンブルは今も昔も危険でございます。では、あゆみ様。そろそろ曽に参りましょうか」
二人は、また飛び傘に乗ると、新しい仲間が待つ曽に向かって飛び発った。
ここまでが、魔魅ブギらんど2巻の内容となります。今年中に第二巻は出版予定です。




