第十四章 その六
あゆみと定國は二人そろって観音堂へ向かって歩いた。
「あゆみ様、結界を仕上げましょう」
定國はあゆみにそう言うと、信國と盛國がいる観音堂へ足早に向かった。
あゆみも急ぎ足になり、定國と共に観音堂へ着くとすぐに、うずくまっていた信國のもとに駆け寄り声をかけた。
「信國、大丈夫?」
定國と盛國の二人が心配そうに信國を覗き込む。
すると、ううっ小さいうめき声と共に信國が目を開け、体を起そうとした。
「信國、無理せずにまだ休んでて」
「あゆみ様、私なら大丈夫です。それより、すぐに結界を張らなければ……」
信國は体を起すとあゆみの前に来て、片膝をつき頭を下げた。
「あゆみ様、面目ございません。あゆみ様を守らなければならぬのに、無様な姿をさらしてしまいました」
「やだなぁ、信國。私のために石にされてしまったんだから、逆に私がお礼を言わなくっちゃ。そんなことより早く結界を張りましょ」
あゆみはにこっと笑うと、観音像の前の座布団に座った。
「ありがとうございます、あゆみ様。では、お経の準備を致します」
ろうそくに火が灯され、線香が焚かれた。
あゆみは、葉太郎達のことを思いながら、激しく太古を叩き、鐘を鳴らし、大きな声でお経を読んだ。
あゆみのお経に合わせるように、ろうそくの火が上下に揺れる。どれぐらい時間がたっただろうか。あゆみは無心でお経を読み続けていた。
そうするうちに、ふと目の前がほんのりと明るくなったことに気が付いた。あゆみは、初めはそれが何なのかわからなかった。
「あっ」
光は縦に伸び、そこから十一面観音像が浮かび上がってきた。
「あゆみ様、観音像が! 焼けたはずの観音像が!」
信國が珍しく、驚いた様子で大声を上げた。
〝やはり、形はなくなっても観音様は生きておられる。島の民を見守って下さっている〟
あゆみは有難くて有難くて、滝のように流れ出る涙を止めることが出来なかった。涙で観音像が見えなくなるほどに。しかし、お経を止めることはなく、光の観音像を目の前に更に高らかにお経を唱え続けるのであった。
光の観音像はしばらくの間、あゆみ達の目の前で光輝いておられたが、だんだんと尾を引くように光は薄くなり、ついには消えてしまった。
「あゆみ様、お疲れでございました。これでこの地もしっかりと結界が張られました。ここは島の中央で大事な要所。大魔王の手に落ちず何よりでした」
「葉太郎たちのおかげね……」
あゆみはもう一度、観音像が置かれている須弥壇に向かって手を合わせ、深々と頭をさげた。
しばらく口ごもるように小さな声でお経を唱えていたあゆみは、ぱっと顔をあげ、信國達に向かって笑いかけると立ち上がると、元気な声で言った。
「さぁ、では次の観音堂へ向かいましょう」
信國を先頭に定國、盛國の二人は後ろに並び、同じように片膝をつき「はっ、かしこまりました」と頭をさげた。
「もう、やだなぁ、それ。なんか、私、忍者の親分みたいだよ」
あゆみが口を尖らせ、眉を寄せて言うと、こらえきれないように「プッ」と盛國が吹き出した。
「これ、盛國」
信國が真剣に盛國を叱る様子が可笑しくて、あゆみは平和になった観音堂の中であははは……とさも可笑しそうに笑い続けた。




