第十四章 その五
「はっはっははは。おまえが石になれば、この地はもう我々のもの。この三根の地から対馬を悪霊の島へと化してやるわ! わははははは」
まるでどくろが黒い皮をかぶったのような顔をした化け物が、大きく笑い声をあげた。その瞬間、裏の山がざわざわと大きく揺れ、観音堂の中にも風が舞い込んできた。
「あゆみさま、大丈夫ですか?」
〝え? だれ?〟
「あゆみさま、おいら達です。葉太郎です」
「は……たろう……」
あゆみは動かなくなった口でつぶやいた。
「さぁ、みんな、いくぞ」
葉太郎の仲間は数えきれないほど、おびただしい数で観音堂の周りを取り囲んだ。
「なんだ、こいつらは!? お前たちも一緒に石にしてやるから待ってろ」
化け物がそう言い終わらないうちに、葉太郎達はシューッと音をたて、僧の恰好をした黒い化け物にぴたりと張り付いた。
「なにをするんだ!」
化け物があわてて叫んだ。
「みんな熱をあげろ!」
黒い化け物の躰からは白い煙が、はじめは湯気のように薄くたなびいていたが、だんだんと真っ白い大量の煙を出し始めた。
「あつつつ。やめろー、この野郎」
黒い化け物は熱さのために、のたうち回った。
「はたろう~!! やめて! あなたたちまで燃えてしまう」
あゆみは必死に叫んだ。涙がとめどなく流れ出す。
化け物が力を失ったのか、あゆみ達は躰が自由に動くようになったのだ。
「はたろう~! もういいよ。もうやめて」
あゆみは叫び続けた。
「あゆみ様、おいら達は御岳で不用意にも黒い霧に憑依され、あゆみ様を殺してしまうところでした。これはせめてもの償い…。私達は自然の精霊です。また必ずお会いできますことをお約束します…」
そう言うと、化け物の躰に貼りついた葉太郎たちは悪の魔王の手下と共に焼け落ち、シュッと溶けるよう消えてしまった。
「はたろうー!! いやだー!」
泣きじゃくるあゆみ。
そして、急に泣き止んだかと思うと、もの凄いスピードで剣を振り回し叫んだ。
「きっさま~!! ゆるさん」
髪の毛と瞳が赤く怒りに燃えている。
ぐんっ!
「んっ! なに!?」
変な違和感があゆみの体に走った。
その隙に、残った黒の影たちはしゅるしゅるしゅると森の中に逃げて行った。
「はっ!」
我に返ったあゆみは、ふらふらと観音堂から外へ出て、道沿いに流れている川の渕まで歩いていった。
川の流れをただ見つめるあゆみ。
「葉太郎、ごめんね。私のために、葉太郎たちが焼けてしまった……」
あゆみを心配して、ずっと側について歩いてきた定國が優しく声をかけた
「あゆみ様……、葉太郎たちはあゆみ様を守りたい一心で命を差し出したのです。それは、この対馬を、この世界を守りたいからです。そして、それは俺たちも、他の魔魅たちも見な同じです。いつでも、あゆみ様のために、この命を差し出す覚悟はできています。だから、元気を出して……」
「定國……」
あゆみは、定國の顔をじっと見た。
「ありがとう」
そう一言つぶやき、くるりと躰の向きを変えると神社の裏山に向かって手を合わせた。




