第十四章 その四
目の前でお経を唱えているのは、どうしたことであろう! 何人もの僧が地べたに座っていた。茶色の衣に茶色の袈裟をかけた僧たちが手を合わせ、もくもくと読経しているではないか。
「あなたたちは誰ですか? ここで何をしているの?」
あゆみの問いに誰も答えず、たんたんとお経を唱え続けるばかり。
あゆみは、改めて目の前の僧たち全員を見まわし、お経に耳を傾けた。
〝なにかが違う〟あゆみは違和感をもち、もう一度、茶色い僧たちを見た。
「信國! この人達はお坊さんじゃないし、唱えているのはお経じゃないわ。なにかの呪文かも……」
信國にそう言った直後に、あゆみは、はっとした顔をして叫んだ。
「あぶない! この呪文をとめないと」
そう言うと、日神の剣に手をやり抜こうとしたが……、
「剣が抜けない!!」
あゆみは観音像の前に座ると、ろうそくに火を灯し、線香を焚いた。そして、手を合わせると大きな声でお経を唱え始めた。
「世真神清天大儀信是心悪行……」
あゆみはこれでもか言わんばかりの声をあげ、光の印を結び力強くお経を唱えた。
あゆみが大声で「はーっ!」力を入れる度に、大勢いた僧が一人、また一人消えていく。このまま、あゆみの術で全ての僧が消え去っていくかと思われたが、
「あっ、あゆみ様、黒い霧が!」
外の様子を見ていた定國があわてたように言うので、あゆみは振り返った。
観音堂の前にまだ残っていた僧たちの間から、生き物のようにくねくねとした黒い霧が観音堂の中に忍びこもうとしていた。
「お前たちは後ろにさがっていなさい!」
信國はそう叫ぶと、印を結び修験道者の術で黒い霧の生き物を縛ろうとした。途端に黒い霧は、巨大な醜い化け物のような僧の姿に変化し、信國に襲いかかろうとした。
「えい!」
あゆみは日神の剣を持ち、赤い石を押した。すると剣の先から鋭い光が放たれ、あゆみはすぐに剣の光で化け物を切った。
「ぐうぇ」と気味の悪い声をあげ、黒い化け物は二つに分かれた。しかし、すぐに一つになり今度は、口から黒い煙のようなものを信國にむけて吹き付けた。
「あ……」
瞬く間に信國は黒い石と化してしまった。
「お父さん!」
盛國が信國に駆け寄った。
あゆみも信國の側へ行き、硬くなった腕にさわると
「信國! どうして? なんでこんなことに! おのれー」
そう言うと、くるりと後ろに向き直り、剣を構えなおすと、化け物に立ち向かった。
「ふぁはははは……。おまえも石にしてやる」
黒い化け物は、またもや口を尖らすと黒い霧をあゆみに向かって吹き付けた。あゆみは剣で霧を振り払ったが、少しずつ体が硬くなるのを感じていた。
「あっ……、いけない。このままじゃ、私も石にされてしまう」
剣の赤い石を押そうとするが、だんだん体が動かなくなっていく。
「さだくに……。あかい…」
定國に石を押してと言おうとするが、口もだんだんと動かなくなり、もう物を言うことも出来ない。少しずつ目も見えなくなってきた。
「あゆみさま」
「あゆみさま」
遠くのほうから、あゆみを呼ぶ声がする。
〝だれ?〟
遠ざかる意識の中で、あゆみは必死にその声の主を探した。




