第十四章 その三
「あゆみ様、では観音堂に参りましょう」
信國の声にはっと我に返ったあゆみ。キッと唇を固く結びコクンとうなずくと、観音堂の方を見て歩き出した。
観音堂の前に着くと一つ大きく息を吐き扉をあけた。
「以前はここはお役所だったんだ。ここにはお坊さんの先生がいて、観音様を守っていたんだよ」
あゆみは、天仁法師と六観音を回った時のことを思い出しながら観音堂の中を見まわし、中に入った。観音堂の中に観音像を安置する所は、他の観音堂と同じように木の格子の扉があり、そこには鍵がかかっている。
「観音様の姿がないのが悲しいね」
あゆみが寂しそうに言うと、
「あゆみ様、観音像は1839年と言いますから、今から200年位前に焼けてしまったようです。その時に、観音様を祀っておられたご住職は、悲しみのあまり火の中に飛び込もうと去れたそうです。それほどまでに人々に愛されてきた観音様であったのでしょう」
と、信國はあゆみをなぐさめるように言った。そしてまた言葉を続けた。
「今は焼けぼっくりになった観音様の芯だけをを祀っているそうです。きっと観音様のお姿は変わっても、これまで民の悩みを聞き、慰めて来た慈悲深い観音様の魂は変わらないからでしょう」
「そうだね、あゆみの目には、今も観音様のお姿がはっきりと残ってる。頭に優しいお顔がたくさんついたとっても素敵な観音様だった。形はなくなっても、あのお姿と観音様のお力は永遠に残っていくんだよね。そして、きっといつかまた復活する日がくる……」
「あゆみ様……」
信國は、あゆみを見ながら何度もうなづいた。
「さぁ、強力な結界をはりましょう。きっと悪の大魔王が何かをたくらんだのかも知れない。だけど、観音様のお力のおかげで、ここは神社も境内の木も森も焼けずにすんだのよ」
あゆみ達が、お経の準備を始めようとした時に、扉の外で声が聞こえてきた。その声ははじめは小さい一人の声だったが、だんだんと声の数が増え大きく響くように聞こえてきた。耳をすまして聞くとお経を唱える声だ。
「信國! 誰かが外でお経を唱えている」
「あゆみ様はここにいて下さい。私が見て参ります」
信國が扉を開けたとたんに、あゆみが聞いたことのないお経の声が重なり合い大きく響いてきた。
そして、そこでお経を唱えている者達をみて、あゆみは唖然として立ちすくんでしまった。




