第十四章 その二
「大猫神様!! どうしてここに?」
あゆみは驚いた顔で叫んだ。
「天道山の猫たちが皆、三根に向かっていると聞き、急ぎやって参りました。いずれこんな日が来るとは思っていましたが……」
大猫神は近くにいる大山鹿の主の方を向くと、目を閉じながら静かに口を開いた。
「大山鹿の主、そなたの言い分もよくわかる。私も同じ気持ちだ。我らツシマヤマネコの仲間は、豊かな自然の中で悠々とくらしてきた。その昔、対馬がまだ島で無かったころの太古の大昔からだ。太陽神の恵みを受け、共に生きる者達の命を貰い生きてきた。しかし、今はどうだ! 自然のバランスはくずれ、食べるものに困り、人間の勝手で作られた罠にはまり、手足や命を奪われるものまでおる始末」
フィー、フィー。グルルグルルと山の獣たちの怒りの声がする。
大山鹿の主は何も言わず、目を閉じ大猫神の話に耳を傾けた。
「しかし、大山鹿の主よ。怒りを向ける先が間違っている。この方は太陽神が遣わした対馬の日神の一族の姫。われわれのために悪の大魔王と戦っておられるのだ。私は佐護の天道山に潜む大魔王の手先に危うく憑依されるところであった。それをこの姫、あゆみ様に助けていただいたんじゃ」
大山鹿の主は大きな目を開け、あゆみを見ると、前足の膝をおり地面に膝をたて、かがむように頭をさげた。
あゆみは胸にこみ上げてくるものをおさえられなかった。
「大山鹿の主。頭をあげてください。謝らないといけないのはこちらです。私にもっと力があれば、あなた達、自然の精霊にそんな苦しみを背負わせることはなかったのに……。ごめんね、ごめんね」
あゆみはそう言うと、むせぶように泣き涙を止める事ができなかった。
泣き続けるあゆみの側に大猫神と大山鹿の主が寄ってきて頬の涙を舐め始めた。
「大猫神、大山鹿の主……、ありがとう。悪の大魔王が復活してしまうと、もっと恐ろしい事が起きる。だから私は負けない! きっと対馬を守るから。みんなの山や川や海を守るから」
あゆみは顔を上げて涙をぬぐうと、やっと笑顔を見せた。
大猫神と大山鹿の主は目を閉じ大きく頭をさげると、後ろを向いて、そのまま山の中へと去って行った。そのあとを鹿や猪、ヤマネコたち森の獣たちも静かについていき、小牧宿禰神社の周りは何もなかったように静けさを取り戻した。




