第二章 その一
「木太郎に山気! どうしたの? 大丈夫?」
木太郎と山気と呼ばれた二人の魔魅は、ふらふらと玄関の中に倒れこんできた。
木太郎は全体が緑色で、葉っぱの形をした耳。頭に赤いハートの形をしたものがついている。
木太郎は背丈が八十センチくらいの高さであったが、山気は小さく、まあるくて茶色い木の実に大きな目玉がついているように見える可愛い魔魅だ。鼻と足に一本ずつ、緑色で先が細い茎のようなものが伸びている
山気は木太郎の肩にとまるようにくっついていた。
「いったいどうしたの!」
「あゆみちゃん。大変だ……」
木太郎がそういうと、二人はぐったりとした。
あゆみは心配そうに二人の体を優しくなでた。
「あゆみちゃん。母君とあんじょさまはどちらに?」
「龍太郎に乗って、法師様の塚へ行ってるわ」
「え、表八丁へ! やはり、恐れていた通りのことが……」
「えっ、なに? 恐れていたことって」
「ゆんべから、何か山の様子がおかしいから、おいらたち山の精が集まって、龍良山の見回りをしていたんだ。
そうしたら、黒い霧が襲ってきたんだ」
「黒いきり⁉」
あゆみは驚いたように叫んだ。
「それで、それでどうなったの?」
「わしらは逃げてどうにか助かったんだけど、足の遅いやつらはやられた……」
「やられたって、どういうこと? 死んじゃったの?」
「みんな目が真っ黒になって、とりつかれたように森の生き物たちを襲っている。
大昔、まるで悪の大魔王が蘇ったみたいに……」
「悪の大魔王? なんか聞いたことがあるような……。うーん、思い出せないけど、森のみんなが襲われてるのは大変なことだわ。早くかあさまに知らせなきゃ。
木太郎と山気はここにいて! 私はかあさまを呼んでくるから」
「あゆみちゃん。それはだめだ。一人で行くのは危険すぎる。私たちも……」
「だめ! 二人とも休んでなきゃ。私なら大丈夫! 葉太郎を呼んで行くから」
「それが、葉太郎も黒い霧にやられてしまって……」
「えっ。葉太郎も⁉」
その時、「がらり」と玄関の木戸が開く音がした。
「あゆみ! 今帰ったわ。
あら、木太郎に山気まで。どうしたの!」
「かあさま! 大変なの。魔魅たちが黒い霧にやられて」
「あゆみ。法師様の塚が荒らされていたの。
恐れていたことが起きている……」
母は困った顔で遠くを見ると、軽く目を閉じ首を振った。
「恐れていたことって? さっき、木太郎と山気もそう言ってたよね。
それは何? 何が起きてるの?」
「詳しい話はあとでするわね。今は魔魅たちを救わないと!」
木太郎と山気は、母の顔を覗き込むように見た。
「母君。母君の美しい顔を見るのは、もう久方ぶりでございます。
相変わらずお美しい!」
木太郎がトロンとした目でつぶやいた。
「木太郎、それが不吉の証よ。早く元にもどさないと」
「あれ! もしかして、しょうたん!」
あゆみは、あんじょの横にいるもう一人の魔魅に気がついた。
「しょうたんだ! お久しぶり」
「あゆみさま。法師様の塚が……。私がついていながら申し訳ありんません。あっという間のことでした」
「そんなことより、早く山に入って祈祷するわよ。しょうたんにあんじょ、さぁ、急いで。
あゆみ、あなたも一緒に来なさい。あなたにも話す時期がきているから丁度いいわ。木太郎と山気はここにいなさい」
そういうと、母は、二人の魔魅とあゆみを連れて、裏山の細い道を足早に入っていくのだった。
裏山には、いったい何があるのか。
少し行くと、右手に石の祠が見えた。
母とあんじょ、しょうたんは膝をおり、座ると手を合わせ拝んだ。あゆみも真似をして手を合わせた。
山道はだんだんと険しくなっていく。
三人は必死の形相で歩いている。
「母君! 着きました。
ここも少し荒らされた形跡はありますが、まだ結界は破られていません」
四人が到着したところには小さな建物ががあり、その先には、鳥居があり、その奥に石を高く積んだ塚があった。建物のドアを開くと中には観音像が二体置かれていた。
「さあさ、母君、こちらへ」
観音像の前には座布団があり、母はそこに座ると、まずはロウソクを灯し、線香を立てると鐘をならした。
母は、引き出しから、巻物を取り出し開くと、大声でお経を唱え始めた。
あゆみは初めて見る光景に戸惑いながらも、いつか自分も同じことをする時が来ることを感じていた。
母は一心不乱にお経を唱えた。あんじょとしょうたんもそばで一緒にお経を唱えながら、ろうそくや線香が絶えないようにした。
祈祷の部屋はロウソクと線香の香りと煙が充満した。ロウソクの火は、風もない部屋の中で、お経に合わせて上下左右に揺らめく。
お経を喜んでいるようだと、あゆみは思った。
母はだんだんと声が大きくなり、体を激しくゆらしながらお経を唱える。
そして、突然「はあーっ」と雄叫びのような声をあげると、その場に倒れ伏した。
「母君! 母君」
あんじょとしょうたんが、母を取り囲み、心配そうにのぞき込む。
「かあさま! しっかりして」
あゆみも駆け寄り、母の体をさすった。
「かあさま、かあさま」
あゆみは泣きながら、母の体を抱きしめた。
「あ……。あゆみ」
母はうっすらと目を開けた。
「かあさま!」
「母君! ご無事ですか?」
「ふぅ。とりあえず、龍良山とここ一帯の里には結界をはった。しかし、また攻めてくるだろう。黒の法師は、以前よりも魔力を増している。
なぜだ……。法師様がずっと押さえ込んできた闇の力。なぜ、急に力をつけた。
あゆみ、母の顔はどう? また醜い顔に戻ったか?」
「いいえ、かあさま。綺麗なお顔のままよ」
「やはり、黒の法師の魔力は完全に塚から解き放たれた。これからどうしていこう。法師様が蘇ってくだされば……」
母は肩を落とし、うなだれた。
「母君、とにかく少し休んでくだされ。さぁ、家へ戻りましょう」
あんじょとしょうたんに抱きかかえられるように、母は家へ戻った。
家に戻ると、母は布団に入り三日三晩一度も起きず眠り続けた。
「かあさまは大丈夫? あんじょ、かあさまを守って! かあさまが死んだら私はどうしたらいいの!」
あゆみは母の枕元で三日三晩泣きじゃくった。
そして、四日目の朝、あゆみは起き上がると、あんじょとしょうたんを呼んだ。
「あんじょ、しょうたん。島の魔魅たちを全員集めて!」
「あゆみちゃん! みんなを集めてどうするおつもりですか?」
「私は自分が何者であるかも知らないのよ! でも何かしなければ、黒の法師にまたみんなやられてしまうんでしょ。
まずは、知りたいの! 今、何が起きているのかを。そして、みんなの力をあわせて、この島をまもらなくちゃ」