第十二章 その六
白ババは毎日訪れる豆酘のタクズダマ神社にいた。
もともとは、豆酘寺の観音堂であった建物が今はタクズダマ神社の社殿となっている。白ババは中に入ると、座布団に座り、慣れた手つきでお香を焚いた。
「天仁法師様、またお母様、そして対馬の太陽神の神々よ。どうぞ、あゆみ様をお守り下さいませ」
手を合わせ、そう一言つぶやくと、激しく体をゆらし、お経を念じる白ババ。しかし、驚いたことにそこには、時おり別の人物の姿が白ババの体と重なり合うように見え隠れし、二人は全身の力をふり絞るように激しく経を唱え念じた。
内山で春子おばさんの後を追うあゆみ達も必死だった。
獣が襲われた声がした方に向かって走っていくと、目の前に野良猫を引き裂きくわえようとする春子おばさんの背中が見えた。
「なんだ、お前たちは? ああ、愚かな天仁法師の末裔か! ハハハ…」
黒い人の形をした霧のようなものが、口の周りを真っ赤に染めた春子おばさんの周りにうごめいている。
「なんてことを! よくも春子おばさんをこんな目に」
あゆみの髪と目は真っ赤になり、春子おばさんに憑依した黒目をにらんだ。
「ふん、たかが小娘に、私が倒せるかな!」
そう言うと、手に持っていた猫の死骸をあゆみに投げつけた。
「なんてひどいことを!」
あゆみがそう叫んだ瞬間に、大量の黒い霧がすっとあゆみ達の方へと飛んできた。
一瞬にしてあゆみ達は黒い霧に取り囲まれた。
だんだん体がしびれてきて手足が動かない。信國もあゆみを助けようとするが金縛りにあったように動けずにいた。
あゆみは、お経唱え始めた。動けない体で、必死にお経の一つ一つの言葉に念を込めて空高く飛ばした。
「馬鹿め、そんなお経に私がやられるとでも思っているのか!ハハハ……」
しばらくすると、空に光が射し始めた。はじめ、あんじょのいる北の八丁角付近からだったが、それに呼応するように南の浅藻の塚のあたりからも光の柱が立った。
北と南の両方から照らされて龍良が、まるで光り輝く山のようにまばゆい光を放った。
そしてその光は、遠くの山から空を走るように内山に届けられた。
光の柱は一つ、二つ、三つとだんだんと増え、全てがあゆみのいる所に集まるように輝き、力を持ったエネルギーが渦巻いた。
それは、豆酘のタクズダマ神社から、また美津島のアマテル神社から放たれるものであり、また、白嶽の山全体から放たれる光、そして、西の阿連に鎮座するオヒデリ様。また東の曲のシラサキ様の塔からも幾筋もの光が放たれていた。
「みんな……、ありがとう」
光は矢のようにもの凄い勢いで内山に向かって走ってきた。その光があゆみの周りをくるくると回り始めると、取り囲んでいた黒い霧はすぐに消え失せた。
その光はそれからもくるくると、うねりながら進み、あゆみの剣に吸い寄せられるように集まると剣を神々しく光らせた。あゆみは光が集まった剣を抜いた。あゆみが剣をふると、光はその剣先から鋭い光の刃となって飛んでいった。
あゆみは次々と、目の前にいる黒い霧を打ち払い、春子おばさんを光の渦で縛った。何重にも光の渦を春子おばさんの体に巻き付けると、口から目から耳から、春子おばさんに憑依していた黒目の霧が呻きながら出ていった。
その霧は集まると黒いマントをかぶった人の形をした生き物になった。急いで逃げようとする黒い奴らをあゆみは逃がさなかった。光の剣を遠くまで飛ばし、逃げかかった黒の一味を全て光の太刀で消してしまった。
激しい戦いに肩ではぁはぁと息をするあゆみ。怒りで目も髪も赤く染まっている。
「私の大事な内山を…、私の大事な里の人たちを、こんな目に合わせて、絶対に許さない!!」
あゆみは、お経を口にしながら剣の先を天に向けて高く突き上げた。龍良から昇りたつ二つの光、豆酘からの光、アマテル神社、白嶽の光、阿連からの光、曲のシラサキ様からの光。これらの光が一つになり、あゆみの持つ剣の先にもう一度集まった。
あゆみはその剣を内山の地に思い切り突き刺した。その直後、森から川から地面からそして、春子さんの体から、黒い者たちがあぶり出されたかのように出てきた。そして、それらが一つにまとまると、大きな黒い人の形になりあゆみの前に立ちふさがった。
春子おばさんは、その場で倒れたまま動かなかった。
「信國、春子おばさんをお願い!」
あゆみは黒い霧の塊と向かい合った。
光の筋は生き物のように剣の先をくねりながら動いている。
「くそ……。いつの間に日神の力を味方にした。あんなに離れたところからどうやってここまで光を集めた……」
「私たちは古よりこの対馬を守ってきた仲間よ。皆の力を合わせたら何だってできるの。あなた達、悪の魔王の入り込む隙はないわ! 早く自分の世界へ帰りなさい」
「生意気な小娘が! 今日のところは退散するが、あきらめはしない。1400年ぶりによみがえったのだから」
そう言うと、黒いマントの男はスッと消えさった。
あゆみは男が消え去った方を睨んでいたが、ハッとわれに返り、
「あ、春子おばさん!」
信國に抱きかかえられた春子おばさんの所へかけよった。
「信國、春子おばさんは? 春子おばさんは大丈夫?」
あゆみが心配そうに信國の顔をみると、信國は静かに微笑み
「あゆみさま、大丈夫です。ケガもしていないし、命に別条はないかと思います。休養すれば元気になられるでしょう。ただ、心配なのは、このあと……」
信國がそう言いかけた時だった。
「だいじょうぶですか? 警察です。だれかケガなどされた人は居ませんか?」
大勢の警官らしき人たちの声が聞こえてきた。
「あゆみ様、私達はひとまず退散しましょう。あとは警察にまかせて」
あゆみはうんとうなずくと、信國と共に、すっと裏の山の中に消えていった。




