第十二章 その四
内山の里は騒然としていた。
黒目になった春子おばさんは異様な顔つきで、あたりを見まわし、次々と家畜や野良猫や犬を襲いっていた。里の人々は逃げ回り、みんな家の中に閉じこもったり、車で他の地区へと逃げ出した。
連絡を受け、駐在所のおまわりさんがパトカーでかけつけて来ていたが、あまりの壮絶さに一人では立ち向かえず、村の入口に車を停めて厳原からの援援を待っていた。
一方あゆみは、魔魅たちが出発したのを見届けると、信國と共に急いで里へ向かった。
「はるかちゃんはどうしてるかしら。心配……」
あゆみは、まずはるかの家に行き、玄関のドアをどんどんと叩くと、「はるかちゃん! はるかちゃん!」と何度も叫んだ。返事はない。縁側がある方へ回って窓ガラスを叩いてみたが、やはり返事はなかった。
「はるかちゃん、どこかに逃げたのかな。それならいいけど……」
心配そうにはるかの家に視線を残しながら、橋を渡り段々畑へ向かって走った。
外に出ている人は誰も見当たらない。
田んぼの稲は踏み荒らされて、あちこちに鳥の羽が散らばり血が流れ落ちている。シーンと静まり返った空気が余計に恐怖と緊張感を高めていた。
あゆみと信國は注意深くあたりを見まわしながら、小学校のある方へと進んだ。
思い出したようにあゆみがつぶやいた。
「あ、拓郎が居ないなら、おばあちゃんが一人残ってるかも。
信國! 拓郎のおばあちゃんが一人で家にいるかもしれない。危ないから見に行って来る!」
「あゆみ様、私も一緒に参ります!」
拓郎の家は、小学校の少し先の道を山手の方へかなり入り込んだ所にあった。
どんどんどん。
「こんにちは! こんにちは! 拓郎のおばあちゃん」
戸を叩いて声もかけてみた。
「おばあちゃんもいないみたい!」
あゆみは信國に向かってそう言うと、小さくうなずき合い、二人はまた走り出した。
山から下りて、豆酘に向かって走っている道路に出ようとした所で、「ぎゃあ」という獣の悲鳴のような声が聞こえた。
「信國! 行ってみよう」
二人は急いで声の聞こえた方へと走った。




