第一章 その五
「ひめ! ひめ」
(あんじょの声がする……。ここはどこ?
あんじょもこんな時代に……)
「ひめ! 大丈夫ですか?」
「あ、あんじょ! 今はいつ?」
「今はいつ? 面白いことを聞かれますねー。とうとう姫も……」
「はっ、かあさまは? かあさまはどこ?」
「母君は布団におられますよ、ほら、そこに。さっきの雷がよほど怖かったのか、お二人とも布団のうえに倒れておられたから驚きました」
「かあさまは? かあさまの顔は?」
あゆみは近づくと、布団に寝ている母の顔にかかった手拭いをとった。
「えー!」
「どうしたんですか? 姫」
あんじょも母の側にきて、顔を覗いた。
「おお! 母君」
「かあさまの顔が……」
その時、母が目を覚ました。
「あ、あゆみ……。どうしたの?」
「かあさま! 顔が」
「あ、手拭いが取れてる。あゆみ、見ちゃダメ」
「かあさま、違うの。かあさまの顔が綺麗なの」
「えっ! 綺麗って、どういうこと?」
「かあさま、顔は痛むの?」
「そういえば痛みが取れてる。ゆうべはあん
なにうずいたのに……」
「かあさま、鏡をみて!」
母は布団から出て、手鏡をとると、顔を映した。
「きゃあ、何がおきたの!」
母は取り乱したように叫んで、天井を見渡した。
「かあさま! かあさま! どうしたの」
あゆみは母の体にしがみつくと、おさえるように力を入れた。
「ゆうべからおかしいの。おかしな霊気を感じる」
「かあさま。さっき黒い影が私たちを襲ったよね。かあさまは覚えてる?」
「いや、なにも覚えてない……」
「黒い影がかあさまの顔を吸い取ろうとして、そのあと私の顔も。
そしたら気を失って、気が付いたら、ずっと昔の時代にタイムスリップしたの。
村も人もずいぶん昔で、村人が話してた。
法師様は、黒い影を封じ込めるために、塚に入ったって」
あゆみは、そこで見たもの、聞いたことを母に話した。
「あゆみ。なにか良くないことがおきている。かあさまは今から法師様の塚、表八丁に行ってくる。
あんじょ、龍太郎をよんでちょうだい」
「母君。かしこまりました」
「かあさま、何か悪いことが起きたの? でも、あゆみ、かあさまの顔を見れて嬉しい。何年ぶりかな~。かあさまは美人だね。うふふ」
母は、あゆみの顔をみてふっと笑顔を見せたが、すぐに考えるように目を伏せた。
「あゆみは幾つになったのかね」
「え、かあさま。自分の子どもの年も忘れたの? 十二だよ!」
「もう十二になったんだね」
笑顔でうなずくと、母は強い口調で言った。
「あんじょ! 竜太郎はまだなの」
「母君、山童のゲンに使いをやってます。しばしお待ちを」
「かあさま、なぜ、私たちには、山の精が見えるの? 法師様を守る家だっていうのは知ってるけど。それだけ?
さっきの黒い霧は何? それに私、どうして、あんな古い時代に行っちゃたの?」
「そうね、あゆみ。あなたが十三になったら、ちゃんと話をしましょう」
「なんでー、もう今でもいいよ。教えて!」
「母君、龍太郎がきました!」
ちょうどその時、あんじょが玄関からあわてて入ってきた。
「あゆみ。留守番しててね」
山の使いの龍太郎が家の前にきた。
青いのうろこがきらきらと光っている。龍太郎の目は大きいが、とても優しく吸い込まれそうに澄んでいる。
背中に母とあんじょがのると、龍太郎は、「はーっ」と大きな息を吐き、風のようにさーっと空へ舞った。
母が行って、しばらくすると、玄関のドアをどんどんと叩く音がした。
「どなたですか?」
返事はない。
「どなたですか? 郵便屋さんかなー?」
そう言いながら、戸を開けたあゆみは、玄関前の様子に思わず息をのんだ。