第九章 その五
「なんでしょう?」
ふりかえった親史の顔が、ひとこえおらびにそっくりで、あゆみはつい「ぷっ」と大きく噴き出してしまった。
「ひとこえおらびにそっくり!! 今、そう思われたでしょう? あゆみ様」
親史は少し笑いを含んだ目でじろりとあゆみを見た。
「えー、どうしてわかったの? 親史も読心術ができるの?」
大きな目をさらに大きく見開いて親史に向かってぐいと身をのりだした。
「聞きたかったのは、ちょうど読心術のことなの。あー、びっくりした」
「読心術?」
「そう! 天仁法師様もそうだけど、信國も人の心を読む術が使えるでしょう。きっと親史も使えるんだよね~!?」
「はい。信國様と比べたら、私はまだま未熟ではありますが……」
親史が少し眉をよせてうつむき加減に答えた。
「未熟とかそんなのはいいんだよ! どうやったら、人の心を読むことが出来るだろうって思ってたの」
「あゆみ様は波動っていう言葉を聞いたことがありますか?」
「はどう?」
「そうです。波動とは、波の事。エネルギーやパワーが伝わる波の事です」
「へ~。それと読心術となんの関係があるの?」
「波動というのは、全ての者が発しているエネルギーの波で、人間も波動があります」
「そうなんだ~! なんかよくわかんないなぁ」
「解りやすいのは、水たまりですね。水たまりは何も力が加わらない時は、表面は静かで鏡のように物を映しています。
ところが、そこに何かが落ちたらどうなりますか?」
「あっ、わかる! 内山には水たまりがいっぱいあるからね。水たまりの表面には丸い波の輪ができて、どんどん広がっていく!」
「そうです! それがまさに波動なんです」
「だから! それと読心術がどう関係あるの!」
少しいらだつように、あゆみが親史を見た。
「あゆみ様はラジオを聞いたことがありますか?」
「え? 今度はラジオ!? まわりくどいなぁ、親史の話は」
「テレビでもいいんですが……」
少し弱気になった親史が申し訳なさそうにぼそっと言った。
「うちはテレビはないから、ラジオの方がいいよ」
あゆみは親史が可愛そうに思えて、にんまりと優しい表情を作ってみた。
「ラジオの声が聞こえにくい時、放送局の電波をひろうのに、チューニングと言ってつまみを回したりしますよね」
「ううん、するする」
「まさにそれが読心術なんです」
「相手が発している波動に自分の波動を合わせ、エネルギーや思考の波を知る。そうすると自ずと相手の心が読めるという仕組みです」
「えー、それって何年修行すればできるの! あゆみには出来る気がしない」
しゅんとして大きく溜息をつくあゆみだった。
「あゆみ様なら大丈夫でございます。潜在的に能力が備わっていますから」
「せんざいてきって?」
「ははは! 洗い物をするわけじゃありませんよ」
「へ? なんでわかった? 本当は親史も読心術得意でしょー」
「あゆみ様の場合は読めるようで読めない。心がまっさらなんです。それでいて奥が深い。どんな力が潜んでいるのか見当がつない」
「ふぁ~。なんか親史の言葉がお経のように聞こえてきた……」
あゆみは必死で目を開けようとしているが、瞼が重くだんだんと遠のく意識に引き込まれていった。
「これはこれは、そうとう疲れておられたようだ。
おーい」
親史はあゆみを座布団に寝かせると、隣の部屋の戸を開けながら小さく叫んだ。




