第九章 その四
「あゆみさま、着きましたぞ」
遠い意識の向こうで、がらがらと扉が開く音がした。温かい背中はまるで布団の中にいるようで、あゆみの意識が戻るのに少し時間がかかった。
「はっ、ここは?」
身構えようとするあゆみ。
「あっはっは…。あゆみさま、少し寝ぼけておいでかな。」
はっ。
親史の言葉であゆみの意識は一瞬にして戻った。急に恥ずかしくなり「こほん」と咳ばらいをすると、
「親史のうちに着いたのね」
バツが悪そうに少し肩をすくめながらつぶやいた。
親史は、玄関の上り縁にあゆみをそっとおろすと、「おーい、帰ったぞ」と叫んだ。
「はーい」
中から一人女性が出てきた。
「かあさま……」
あゆみは戸惑いを隠せない顔でじっと女性を見入った。
「あゆみさま、どうしましたか?」
「この方は?」
あゆみは、キョトンとした顔で親史のほうを向いた。
「ああ、私の妻の八重でございます」
「驚いた! 天仁法師様の娘さんで、私たちのご先祖であるかあさまに似てたから……」
「えっ! どういうことでしょう?」
「あゆみ様は天仁法師様にお会いになったことがあるんですか?」
真っ赤な顔の親史がさらに顔を赤くして、あゆみの前に顔をぬっと突き出した格好になった。
「おとうさんたら、そんな顔で近づかれたら、あゆみさまが怖がりますよ!」
笑いながら八重がそう言うと、
「かあさま……」
あゆみは腕をひろげ自然と八重のほうに引き寄せられるように進んだ。
八重もあゆみを招き寄せると、ぎゅっと抱きしめた。
八重はあゆみの背中をなでながら、「お辛かったですね……。もう大丈夫」とつぶやくと、涙があふれ出るのを止めることができなかった。
しばらくの間、あゆみは八重の胸に顔をうずめたままだった。
「あゆみさま、疲れが取れますので、どうぞお風呂に入ってください」
八重は静かに微笑むと、あゆみにお風呂に入るようすすめた。
「あ~。きっもちいい~」
あゆみはお風呂の中で両手を広げると声をあげた。そして、ふと内山の家のことを思い出した。
「かあさま、大丈夫かな~。いつになったら目覚めてくれるんだろ……。
あ、いけないいけない。また弱気になりそうだった! あんじょが付いていてくれるから大丈夫だよね」
あゆみはさっさと体を洗い、お風呂から出た。
「あゆみさま。お食事をどうぞ!」
お風呂から出ると、もうすっかり食事の用意が整ったテーブルに案内された。
「わー、美味しそう」
「さあさ、どうぞ。おなかすいたでしょう! あゆみ様のお口に合うかどうかわかりませんが、たくさん食べて下さいね」
「すっごい、ごちそう! 私んちは、山の中だからこんなごちそうはめったに食べたことないわ」
あゆみは、ごくりと唾を飲み込んだ。
八重は、そんなあゆみに愛おしそうに眼を細めた。
「この鍋もの、美味しい」
「これは、『いりやき』と言いまして、対馬ではよく食べられるんですよ。今日は、おとうさんが魚を釣ってきたので魚の鍋にしました。あゆみ様はお刺身は?」
「内山はね、海がないからあんまり食べないけど、刺身は大好き! 唐揚げもお寿司もあゆみの好きなものばかり!」
「それは良かった。ねえ、おとうさん」
八重はにこりとして親史と目を合わせた。
「ぼたもちも作ってみましたがお好きですか?」
八重が皿に入れて差し出した。
「ぼたもちも大、大、大好き! ふふ……」
あゆみは嬉しそうにニッと笑うと、さっそくぼたもちを口を運んだ。
ぼたもちを、もぐもぐとしながらも、目は隣のカラフルな食べ物に。
「この色が付いたお餅みたいなのは何? あゆみ、初めて見た!」
「ああ、これですね! これは『うむしもん』って言って、ここ佐護の名物なんですよ」
「へぇ、うむしもん! 面白い名前」
あゆみは、よほどおなかが空いていたのか、テーブルの上の料理を次々にたいらげた。
「あー、美味しかった。おなかいっぱい! うむしもんも美味しかった~」
ふぁ~。
おなかがいっぱいになると、あゆみはすっかり眠気に襲われてきたようで、あくびが重なる。
「私は、布団の用意をしてきますね! あゆみ様、少しゆっくりしててください」
そう言うと、八重は奥の部屋に入って行った。
二人になって、あゆみは神妙な顔で親史に話しかけた。
「親史、ちょっと聞いていい?」




