第九章 そのニ
「えっ、ひとこえおらび! こんなところで、なにしてるの」
あゆみは剣を下すと、驚いたように言った。
藪の中からのそりと一人の男がでてきた。
「あゆみさま。彼はひとこえおらび……ではございません」
信國があわてて剣を鞘に納めながらそう言った。
「え、どういうこと?」
「た、たしかに、ひとこえおらびに似てはおりますが、この方は佐護の平田親史殿にございます」
「平田ちかふみ……どの?」
「おお、これは信國との! 久しゅうございます。今日は何事でございますか?」
体格がよく、顔が赤々とした男が豪快にものを言った。
「平田殿、お久しゅうございます。お元気そうで何よりでございます」
「ややや、これは久しぶりにお会いしないうちに、お嬢様まで誕生されましたか! 確か、信國殿には三人の男子がおられたと記憶してい……」
「うおっほん」
平田と名乗る男の言葉をさえぎるように大きな咳払いをした信國は、かしこまったように言葉を続け
「平田殿、このお方が私の娘などとは恐れ多い! 天仁法師様の末裔のあゆみ様であられます」
「なんと! この幼い娘さんが天仁法師様の末裔にあられるとは! 悪の大魔王と戦うために佐護の地に入っておられると話には聞いておりましてが……」
「えー。なんで私が来ていることを知ってるの? 私はここで初めて、ひとこえおらび、あ、違った! 平田殿?に、会ったのに」
くくく
またしても定國と盛國がこらえきれず笑った。
「もう、なによ! なによ二人とも、そんなに笑わなくってもいいでしょ」
あゆみは、ふくれっ面で二人をにらんだ。
「まあまあ、あゆみ様、もとはと言えばわしが悪い!
申し遅れました。私はこの佐護の地で、天仁法師様の弟子の少位補として仕えておりました平田親左衛門規忠の子孫、平田親史と申します」
「信國もだけど、長いなぁ名前が! 覚えられない」
あゆみはうつむき加減にふっと小さくため息をついて、つぶやいた。
「あゆみ様。ちかふみとお呼びください。なんなら、ひとこえおらびでも結構ですが。あっははは」
平田は大きな口をあけ、愉快そうに大声で笑った。
「えー、それは……」
あゆみは申し訳なさそうに、そう言いながらも、平田の顔をみて「やっぱり似てるわぁ、そっくり」と思うのであった。
「ところで、平田殿、大猫神様のことはご存じですか?」
「はい、もちろんでございます。今日も大猫神様に会いに参ったところでございます」
平田は、信國に向かってきれのある返事をして、小さく一つ礼をした。
「そうか! 実は先ほど……」
信國は、さっきの出来事を平田にかいつまんで説明をした。
「なんと! 悪の大魔王がもうこの山に忍び込んでいるとは。
最近、大猫神様が急に弱られたことは知りながらも、気が付かず申し訳ないことをしました」
平田は、肩を落としゅんとした様子で頭を下げた。
「平田殿、我々も先ほど気づいたのだ。気を落とされることはない。大猫神様は、今あそこで静かに休まれている。明日には、動けるようになることでしょう。
ところで平田殿。われわれは明日、仁田の観音堂に結界をはりに行くのですが、今日はもう遅いので佐護の地で宿を取ろうと思うております。平田殿、そなたの家であゆみ様を一晩留めてもらえるであろうか?」
「いやいや、私の家でよければどうぞ泊まって行って下さい。大したおもてなしはできませんが、食事もどうぞ」
「かたじけない。助かります」
「では、案内いたします。どうぞあゆみ様」
「親史、ありがとう。良かった! 山で野宿かと思って心配しちゃった。ねぇ、信國」
「えっ!?」
振り返って、あゆみは驚いた。




