第八章 その五
「大猫神さま…、なんてこと…」
あゆみは初めて見る大猫神の姿に動けないまま立ちすくんだ。
大猫神は、木に巻き付いたツルに両手を巻かれ、支えられるように身体を起こしていた。
よく見ると、顔にもツルが巻きつき支えている。
「大猫神様、お久しぶりでございます。龍良の修験者、河野信國でございます。
本日は、天仁法師様の末裔であられるあゆみ様をお連れ致しました」
三位坊は片膝を付き、熊と見間違うほどの大きな姿の大猫神に深々と頭をさげた。
「なんと…。天仁法師様の…末裔?…だと」
大猫神は、蔓に支えられ、うなだれていた頭をおこすと、閉じていた目をゆっくりと開いた。かなり弱っていると思われる体には似つかわしくない鋭い目があゆみをじっと見た。眼光は鋭いが、濁った眼は体にもうそれほど力がないことを物語っている。
「大猫神様…」
あゆみは大猫神の側により体をなでようとした。
(ん、何かおかしい。なんだろう? この感じ…)
あゆみは、大猫神がもたれかかった木を仰ぐように見た。
そんなあゆみには構わず、大猫神は息苦しそうな声で話始めた。
「あゆみ様…。ああ、この時代に天仁法師様の末裔にお目にかかれるとは…。なんという幸せ。
1400年前、我らツシマヤマネコの一族は、この天道山を守っていくように天任法師様より仰せつかりました。私は300年生きております。あと100年は生きていられると思っておりましたが…、このありさま…。なんとも情けない姿でございます」
「300年…。そんなに長く生きているの…」
「われらは、この山を守る主でございます…。私の前の大猫神は500年生きました」
「そんな主が、こんなになるなんて…」
あゆみは大猫神の体をなでながら、巻き付いた蔓をつかんだ。
「やっぱり、こいつだ!」
あゆみは、剣を抜き高くつき上げた。そして柄についている赤い石を押すと、剣の先からまぶしい光が矢のように放たれた。
どすっ
次の瞬間、何かが地面に落ちた音がした。
「大猫神様!」
信國が大猫神の側に駆け寄った。
蔓に支えられていた大猫神の体が地面に横たわっている。
あゆみは、剣を胸の前からまっすぐに伸ばし、お経を唱え始めた。
魔訶風力無風力菩薩……
力強いあゆみの声が森の中に響き渡る。
「おおー!」
それまで、大木に巻き付いていた蔓は、瞬く間に枯れ、葉は全てしゅんと下をむいた。
「あゆみ様。これは、どういうことですか?」
「黒の魔王の手下が、この森にも入り込んでいる。こともあろうに、大猫神様の体に憑依しようとしていた! あの蔓の中に黒の霧が入り込み、大猫神様の体を弱らせ黒目にしようとしていたの」
「よくぞ、それを見破られましたね、あゆみ様」
「この大木に近づいたとき、何か嫌な感じがしたの。以前にかあさまと襲われた時を思い起こすような…。それで、剣を抜いてみたら、やはり反応した」
「あゆみ…さま…」
大猫神の力ない声がかすかに聞こえた。
「大猫神様! 大丈夫ですか?」
あゆみたちが大猫神の側に膝をつき体をさすると、大猫神はそのまま力つきたように静かに目を閉じた。
「大猫神様!」
あゆみはそう叫ぶと、とっさに信國の顔をうかがうように見た。




