第七章 そのニ
黒い霧の渦は、周りの枯葉や木々を巻き上げながら勢いを増していく。
ガサガサ。
渦の近くの茂みに誰かが潜む気配がした。
「黒い霧の渦に、誰かが捕えられてるようです」
低く抑えた口調で囁く声がする。
「はっ!」
引き締まった声と共に、茂みの中から光の矢が放たれた。
矢は幾筋もの光に分かれ、先端は蛇のように頭をくねらせながら黒い霧の渦に突き刺さった。
「ぐわぁ」
太い醜い唸り声がして、黒い霧の渦は力を失い、木の葉や枝や小石がパラパラと落ちた。
「葉太郎! 葉太郎が憑依されておったか。そして、龍太郎の側におられるこのお方は? まさか!」
渦の真ん中に、倒れているあゆみと龍太郎の周りを取り囲む三人の男達。
武道着のような白い服に身を包み、頭巾で顔を隠し、上に小さな烏帽子の様なものをつけて、紐で縛っている。
ズボンは、膨らみのある形で裾が絞られている。
「大丈夫でございますか?」
三人のうち、背の高い二人があゆみと龍太郎を抱えておこした。
「う、うん」
あゆみは意識を取り戻して驚き、直ぐに体勢を戻すと、
「誰だ!」と、剣に手をやった。
「あゆみ様。大丈夫です! 味方の者にございます」
隣にいた龍太郎も目を覚まし、あゆみに向かって頷きながら言った。
「はい、我らは天道法師様の時代より、法師様にお使えし、共に島を守ってきた者達にございます」
三人のうちの一人の男が早口で言った。
「あ、知ってる。
えっと……、さん……」
「はい、天道法師様にお仕えしておった三位坊、河野万太郎國安の子孫にございます。」
「三位坊、河野……!? まさか」
あゆみが驚いた顔で、男達の顔を見た時、
「あゆみ様、あゆみ様、ごめんなさい」
葉太郎達が泣きながらあゆみの周りに集まってきた。
「我ら、情けなくも黒目にさせられて、あゆみ様をこんな目に合わせてしまいました」
葉太郎達は、謝るようにぺこりとお辞儀をした。
「葉太郎、大丈夫よ! 葉太郎こそ大丈夫? 大変な目にあったね」
あゆみは葉太郎達を見てにこりと笑った。
そうして、男達の方を向くと、きりりとした顔になって言った。
「私達は、黒の大魔王が狙っている六観音を守り、新しく島に結界を張るためにまずは佐護に来たの!
三位坊。あなた達の力を貸して欲しいの。一緒に島を守るために戦ってくれる? 」
「はっ、あゆみ様。もちろんでございます。我ら、三位坊の家系の者たちは、この日のために、千四百年もの間、血筋を絶やさず、修行を続けて参りました」
「有難う! あなた達が居てくれたら、鬼に鉄棒よ」
「あゆみ様、鬼に金棒でございます」
間髪入れず、龍太郎が突っ込んだ。
「ぷっ」
三位坊の子孫のうち、一番小さい男が吹き出した。
「こら、失礼だぞ」
大きな男がたしなめた。
「いいの、いいの! 気にしないで。
あ、そう言えば、さっき名前を言ってましたよね。もう一度、教えてください」
「はっ、我らは修験道者、三位坊であった河野万太郎國安の子孫にございます」
「河野……。
私の友達に、河野拓郎って面白い男の子がいるんだけど、まさか違うよねー!?」
あゆみは、三人のうちの一番小さな男の顔をうかがうように見た。
「ち、ち、違います。あゆ、あゆみ様」
男は慌てたように、言葉を詰まらせながらそう答えた。
「そうだよねー! あの拓郎がこんな所にいるわけないよね。だって、カンフー映画の真似して、木から落っこちるんたから! あっはっはっは……」
あゆみは、拓郎の顔の絆創膏を思い出して、大声で笑った。
ヒュウと風が吹いて、龍太郎が気を取り直したように言った。
「あゆみ様、こうしてはおれません。早く、観音堂に行ってみましょう。
三位坊、案内を頼む」
「はっ、我らは白龍をよび、共に参ります」
三位坊は、首に掛けている竹の笛をならし、白龍を呼んだ。
「さぁ、白龍、我らを観音堂まで運んでくれ」
三位坊は白龍にのり、観音堂へと向かった。そのあとについて、龍太郎はあゆみを乗せ御嶽山を飛び立った。




