第六章 その五
あゆみは、龍太郎の背に乗って佐護に向かいながら、天道法師と一緒に行った日の事を思い出していた。
「龍太郎、佐護にある観音様のこと、もちろん知ってるよね!?
だって、千四百年前にも一緒に行ったんだから」
「え? あゆみ様、今なんと?」
「千四百年前、天道法師様が六観音に結界を張りに行った時に、私も一緒にいたの忘れた?」
「あ」
一瞬、龍太郎はバランスを崩しそうになった。
「あはははは……。驚いて当然よね〜!」
「あ、あの時の女の子!
あれはあゆみ様だったのですか! 千四百年も経って忘れかけていました。
しかし、どうやってあんな古い時代に行くことが出来たんですか?」
「う〜ん、話せば長くなるんだけどね。
それはまた時間ある時に話すとして、龍太郎、とにかく今は佐護の観音様に連れてって!
確か、天諸羽神社の境内の中にあったんだよね。あの頃は、すぐ側にお役所があって……」
「あゆみ様。あれから千四百年も経っていますからね。いろんな時代を経て、今はかなり変わっております」
「えー、そうなの!
ま、でも普通に考えてそうだよね。
あれから長い時間が経ってるんだから。 龍太郎は何か知ってるの? 六観音のこと」
「以前、六観音はお役所と占い事の拠点、そして、民の心の拠り所となっておりましたので、みな盛んに参っておりました」
「そうそう。法師様とここに来た時、隣りに役所があって、出入りする人もたくさんいたよ」
「ちょっと前までは、成人になった若い男女が六観音を参り、男女の出会いの場となっておった時もあります。が、今の時代では、もうほとんど忘れ去られ、昔の名残りとして、残されているようです」
「ちょっと前って、いつぐらいの事? 時間の感覚が、あなた達とは違うからね〜。
だって千四百年も前から生きてるんだから、全く、魔魅達、最強ね!」
「まあ、私達は自然の化身のようなものですから。
しかし、この佐護の地域では、一年に一度、瑞巌寺と言うお寺から、佐護の六地区それぞれの代表六名が100巻ずつお経を担いで観音堂へ運び、そこでお経を唱え、また寺へ担いで返すと言う行事を行っているそうです。ここではまだ、観音様のお世話をなさっておられる方がいらっしゃるようですね」
「へぇー、そうなんだ。それはいつあるの? 私も見てみたい!」
「確か年明けすぐぐらいだったと思いますが。
佐護のことなら、御嶽に棲む白龍が詳しいかと思います」
「白龍か、まだ会ったことないから一度会っておこうかな? 御嶽の様子も知りたいし」
「ちょうどいい! 今、御嶽の上を飛んでいますので、このまま下に降りましょう」
そう言うと、龍太郎はすーっと山の頂上の少し平らになった所に舞い降りた。
「うわー、すっごい眺め! 感激〜!」
龍太郎は何も言わず、フィーフィーとカン高い鳴き声で白龍を呼んだ。
すぐに、ひゅうという風の吹く音と共に、白い龍が静かに舞い降りた。
「おー。これは、龍太郎どの! それに、その出立ち(いでたち)はもしかして、あゆみ様?」
「へっ、なんで私のこと知ってるの?」
「そりゃあ、あゆみ様は有名人ですから」
龍太郎がふざけるように言ってニッと笑った。
「もう、龍太郎! ふざけないで!」
「あゆみ様が、島中の魔魅を集められた事は、大変有名ですよ」
龍太郎をかばうように、白龍か笑いながらそう言った。
「そんな事もあったね……」
あゆみは、少しバツが悪そうにそう言うと、真顔になって話を続けた。
「白龍、私は今から、島にある六観音を周り、法師様が張った結界をもう一度、張り直しに行くの。
もう、この御嶽にも大魔王の黒い霧がやってきてると聞いたわ。多分、奴らも六観音の結界を破るために来ているんだと思う。
決して、この島を黒目の一族に奪われないように、魔力を封じ込めなくては。
白龍にはもちろん、この御嶽や佐護の山や川、海に棲む魔魅達の力をかして欲しいの」
「かしこまりました。今の時代、魔魅と人間とに距離が出来てしまって、私たち魔魅のことは忘れ去られておりますが、命がけで守りますぞ。あゆみ様もこの島の民も」
「白龍、有難う」
あゆみは、何か大きな力を得たような気がしていた。
「ああ、そういえば、もうお会いになりましたか? あゆみ様」
「え? 誰と?」
「あゆみ様、まだ何も聞いておられませんか?」
「何も聞いてないわよ」
「まぁ、そのうちにお会いになるでしょう! 心強い助っ人ですよ。ワッハハハ」




