第一章 その二
家の近くまで走ってきたところで、後ろを振り返った。
もう春子おばさんの姿は見えない。
ホッ!!
あゆみは、身体中から力がぬけるのを感じた。
「もう、あんじょ! ほら危ないところだったでしょ」
と、あんじょをにらみつけた時だった。
バサーッ
急に黒い影が、あゆみの頭の上をよぎった。
「きゃあ」
あゆみは、頭を抱えて座り込んだ。
「姫! 大丈夫ですか?」
あんじょが駆け寄った。
「なんなの? このカラスの大群!」
「奇妙ですな。姫、とにかく早く帰りましょう」
あんじょに守られるように、あゆみは家へと急いだ。
「ただいまー」
玄関の扉を開けたとたん、雨がざーっと降り出し、すぐに本降りになった。そして、ピカッと光ったと思うと、ドドーンて地響きがするほどの雷がとどろいた。
「きゃあ、なに、今日の天気! 今の雷、絶対近くに落ちたわよ」
「あゆみ! あゆみ! 帰ったの?」
奥の部屋から声がする。
「かあさま、どうしたの? 具合が悪いの?」
「あゆみ……」
あゆみは急いで奥の部屋の襖を開けた。
「かあさま。大丈夫?」
母親は、布団から起き上がって座っていた。
あゆみの母は、いつも手拭いを頬かぶりして、顔を隠している。
「かあさま、何かあったの?」
あゆみは心配そうに母の側に寄った。
母は、手拭いで更にしっかりと顔を隠すと話し始めた。
「ゆうべから顔がうずいて、うずいて、触ると、できものがいつもより膿んでたのよ。それが今日の……」
バッターン!
何かが倒れる大きな音がした。
耳を澄ますと、ひゅーひゅーと森の風が悲鳴のような音を立てている。
相変わらず、雷はゴロゴロと鳴り響く。
「それで? かあさま」
「あまりにも顔がうずくから、鏡を見たの。そうしたら大変なことに……」
母は震えながら手拭いで顔を押さえた。
「大変なことって? どうなってたの?」
あゆみが母の肩に手を触れようとした時だった。
急に風が吹いたかと思うと、手拭いと共に母の顔が吸い取られるように伸びている。
「きゃあ。誰かー! 誰か来てー」
あゆみが叫んでいると、黒い霧のような顔があゆみを睨んだ。
次の瞬間、あゆみの顔も吸い取られそうになりながら、あゆみは気を失って行った
。