第五章 その五
「黒の法師は死んだの?」
「いや、黒い霧と切り離し、裏で操る悪の大魔王を一刺ししただけだ」
法師は、光輝く日神の剣で、兄の周りにある黒い霧を祓うように静かに剣をくねらせた。
それまで黒の法師がまとっていた黒い霧はサーっといなくなり、そこには子どものような男が一人残った。
黒の法師は目を開けると、たちどころに口を開いた。
「おのれー! 早く私を殺せ」
肌は浅黒く、顔は顔面全体にできた痘で腫れあがっていた。
法師に向かって悪態はつくが、目は怯えたように伏し目がちで視線は定まらない。
「この人が法師様のお兄さん……。私にもつながる血筋の人」
一瞬の隙をつき、法師は黒の法師を術で縛った。
うぅ。
うめき声は発するが全く動けない様子。
「兄様、行きますぞ」
そう言うと、片手で兄を抱え、お経を唱えながら、ちりんちりんと鈴をならし、山へ向かった。
あゆみも共に向かった。
暗闇の中をただひたすらに歩いていると、周りにチラチラと灯りが見え始めた。
「法師様、こんな山の中に家があるの?」
「ああ、あれは葉太郎が灯してくれている明かりだ。
周りをよく見てご覧! 魔魅たちが別れを告げに集まって来てくれておる」
法師は頷きながら、鐘を大きく鳴らし続けた。
「ううぅ」
時折、すすり泣く声もする。山中が悲しみに包まれている。
あゆみは、山童のゲンやシン、川童に霊気、木太郎など知っている顔を見つける度に、つい声をかけたくなったが、まだ誰も自分の事を知らないのだと思い出し、切ない気持ちになった。
「島の魔魅たちよ! 私は浅藻の塔に入定する。現世ではもう会えぬが、私は永遠の命を手に入れ、ずっとずっとそなた達と共にいる。
島の自然と民の暮らしをこれからも守ってくれ。つつがなく暮らす。それが何よりの願いじゃ」
「ほうしさまー」
「ほうしさまー」
耐えきれなくなった魔魅たちは、ひゅうひゅうと吹く風のような声で、天仁法師との別れをしんだ。
法師は魔魅たちに時折、声をかけながら、力強い足取りで早足に山へと進む。
突然、法師の足が止まった。
目の前に、たくさんの石で組まれた大きな塔が現れた。そこは、法師の墓としてあゆみの母が祈祷した塔だ。
法師が、黒の法師を抱えたまま塔の前に立ち止まると、音もなく塔の中央が開いた。
法師は踵を返すと、あゆみの目をじっと見た。優しさと厳しさを含むまなざしで、「頼む」と一言言った。
黒の法師を抱きかかえた法師が中に入ると、不思議なことに塔は自ずと閉じられた。
ちりんちりん。
法師が居なくなった塔の前では、鈴の音だけが響き続けた。
あゆみは、その場にへたへたと座り込んだ。
「ほんとに私にできるのかしら。
あの黒い魔王の霧が、法師様の墓を荒らし、黒の法師を再び呼び覚ましたのね」
暗い森の中でじっと塔を見つめながら思いを巡らしているうちに、次第に闇があけ森の中にも光が差し込んできた。
朝がやってきたのだ。
まぶしい太陽の光。鳥のさえずり。木々のざわめき。
あゆみの大好きな穏やかな時間だ。
急に懐かしさがこみ上げた。
「さぁ、帰ろう。みんなが待ってる。
白ババ、私帰るから、うまくやってね」
そう言うと、目を閉じ静かに歌いだした。
♪てんてんてんの おほうしさまは
つかにはいって しまをまもる
てんてんてんの おほうしさまは
つかにはいって しまをまもる
てんてん……
あゆみの意識はだんだんと遠のいていくのであった。
「あゆみさま。あゆみさま」
かすかに聞こえるあんじょの声。
「はっ、元の時代にもどった!」
「あゆみさま。意識がもどりましたか」
あゆみの顔を覗きこんだあんじょは、一歩下がって驚いた。
「やや。いつの間に!
日神の冠に剣。しかも法師様が祈祷の時に着る衣装。
それは、どうなさったのですか」
「えっ、これ?
法師様にもらったの!
これで、大魔王と闘いなさいって!」
「法師様とお会いになったのですか?」
「そうよ! 白ババの力を借りてね」
「白ババの?」
「そうだ。白ババに会いに行かなくっちゃ」
そう言うと、ふぃーと口笛を吹き、龍太郎を呼ぶと、
「豆酘崎にいる白ババに会いたいの。
あんじょは、かあさまを見ててね」
そう言って、白ババの棲む豆酘崎に向かった。
「白ババ。ただいま! ありがとね。
白ババがそんな凄い魔魅って知らなかった!」
「ん? なんのことかの、あゆみさま。
とにかく無事に戻られて良かった」
あゆみは白ババの顔を見てニッと笑った。
「なんですかの! その笑い顔は」
そう言いながら、白ババもふっと笑ったようにも思えた。




