第五章 その三
どんどんどん。
観音堂の戸を叩く音がした。
「ごめんください。
法師様! 天仁法師様」
法師は観音堂の扉を開いた。
「おぁ、三位坊。
こんな夕暮れに何事か」
三位坊と呼ばれた男は、引き締まった顔に短い烏帽子のような物を被り、白い装束を着ていた。
「はっ。
法師様、先程まで黒魔王に憑依され、里で暴れていた獣や里の者たちを取り押さえたり、黒の霧と闘おておりました。
それがつい今しがた急に黒い霧が引き、獣たちも正気に戻りました。法師様が何か術を使われたのかと」
「おお、そうか。島中に結界を張り巡らせたのが効いてきたか。それと共にそなた達、修験者のおかげで、里に平穏が戻ったのであろう。礼を言うぞ。
三位坊。私は今夜、兄様を連れ、浅藻の塔に入定する。あとのことは頼んだぞ。
悪の大魔王も兄様が塔に入れば手も足も出まい。諦めて退散するであろう。
しかし、魔王の種は、どこにでもある。そなたも存じておろうが油断はならんぞ。
研鑽を怠らず、民と魔魅たちが、つつがなく暮らせる島であるよう守ってくれ」
「天仁法師様。別れが辛うございます。
しかしながら、法師様の志を継ぎ、必ずや平和で穏やかな島を保つよう、この河野万太郎國安が命をかけてお守り致します」
「それを聞いて安心した。私は、そなたら修験者と共にあるぞ。
朝になれば、お天道様を拝み、夜は観音様に参られや。私はいつもそこにおる。
さぁさ。そなたもお疲れの事であろう。帰ってやすみなさい」
「天仁法師様。有難いお言葉。胸に刻んで決して忘れませぬ」
「ところで、三位坊。そなたには、お子はおったか?」
「男子ばかり三名おります」
「そうであったか。大切に育て、修験者としての血を絶やさぬよう代々、この地を守り続けて行かれるよう頼みましたぞ」
「はは」
「では、もう行きなされ。さらばじゃ」
あゆみは観音堂の隅で、二人の会話にじっと耳を傾けた。
「あ、佐護でも会った修験者だ。強そう!
あゆみの時代にも居てくれたらいいのにな……」
「もうそろそろ、やってくるぞ」
急に天仁法師の声がした。
「え? 何が?」
「別れの時が近づいておる」
ふはははは。
いきなり、不気味な笑い声が響いた。
「法師。そんな小娘に術を教えて何をやっておるのか」
黒い霧が法師とあゆみを包んだ。
「兄様こそ、このような黒い霧をまとい何をなさっておるのですか。もういい加減になさいませ。民を苦しめたり、森の生き物たちを苦しめるのはやめなされ。
「だまれ。わたしはお前を恨んで恨んでこうなった。
この世が私のように醜くなってしまうまで、生まれ変わってもまた黒の法師として、この世を憎み、苦しめてやる」
「兄様、母が泣いておられるぞ。
さぁ、私と共に、参りましょう。もう何もかも手放されよ。恨みも悩みも苦しみも。
すべては無である。そしてすべて満たされておる。兄様はいつも母の胸におる赤子じゃ」
「何をえらそうに。あの女の話をするな。私をいつも可哀想な目で見ていた女め。
こんな醜い顔に産んだ私の苦しみの元だ」
「母君はいつも兄様の事を思うておった。なぜに日神の子が悪の魔王に心を奪われた」
「ははは。日神の子も日が照らぬ夜では力も出せないであろう。そなたも黒目にしてやる」
そう言うと黒い杖をふりあげた。




