第五章 そのニ
「おっかしいなぁ」
「ん、なんだ? 他にも何かおかしな事があるか?」
「だって、あんじょに教えてもらった歌では、いでのさとの次は、そにひかりさすって……」
「曽か。おそらく後の時代に何か理由があって、曽に移されたのであろう。元々は朽木に置かれておったんだ」
「へー。移されたんだね~。帰ったら、あんじょに聞いてみよう」
朽木の観音堂に置かれていた観音像の前でも、あゆみは法師の読経に習い、共にお経をあげ結界を張った。
「うむ。だいぶ声が出るようになって来た。次は佐須だ」
龍太郎に乗った二人は、眼下に見える美しい風景を眺めながら微笑みあった。
「さぁ、着いたぞ。
ここは、下原村鶴野の観音山だ。銀の洗い場として栄えておる。この建物は佐須院観音堂。ここは高台になっており、ほら、そこに石段が見えるだろう。下には鳥居があって、里の民はそこを登って参拝にくるのだ。ほらほら、今も何人か登って来ておる」
あゆみは建物の前に立ち、下の方を覗いてみた。
「ほんとだ! この石段、何段あるんだろう。結構、長い階段だね。
ここの横にある大きな建物はお役所?」
「ははは。あゆみも、だいぶ六観音のしくみが解かってきたな。そうだ、隣はお役所で、神社も観音堂もお役所の敷地内にある。
この佐須の観音様は、千手観音で、とても美しく素晴らしい観音像だ。さぁ、早く観音堂へ参ろう」
あゆみは、法師に連れられて観音堂の中へと入った。観音堂の須弥壇には、千手観音像が安置され、祭壇は綺麗に飾られていた。
「すっごい観音様だね。たくさん手があって、何か握っておられる。なんだかご利益ありそう」
法師は観音様の前に座ると、あゆみの前に経本を広げ、低い太い声でお経を唱え始めた。太鼓を叩き、鐘を鳴らし、はーっと褐を入れるような大きな声で叫んだりもした。
あゆみも少しずつ、お経を読めるようになり、リズムもとれるようになってきた。
お経を読み始めると、気持ちが高揚し、エネルギーが満ち溢れるような感覚を覚えた。
佐須での祈祷が終わり、ついに最後の観音様がある豆酘の観音堂へと辿り着いた。
「六観音参り、最後の豆酘寺の観音様だ」
ここでの祈祷を始める前に、そなたに日神の装束と剣を授けよう」
そう言うと、法師は一瞬いなくなり、その後、何かを持ってお堂に戻ってきた。
「これに着替えなさい」
法師は、白いふわっとした軽い布でつくられた上着とズボン、綺麗な石がついた冠を渡した。それは法師が身に着けているものと同じものであった。
そして、最後に輝く石がちりばめられ、文字が彫られた剣を手渡した。あゆみはお堂の端で急いで着替えた。
いつの間にか、若い女性が来て手伝ってくれた。
「私の娘だ。そなたには直系のご先祖となる」
法師の娘はにこりと微笑むと、あゆみの頭を優しくなで、抱きしめてくれた。
「かあさま……」
あゆみは思わず泣きそうになった。
「着替えたら、ここに来なさい」
法師は観音像の前にあゆみを座らせると、お経を唱え始めた。あゆみも、それについて大きな声でお経を唱えた。
「無心になれ! 空と山と木と風と一体となるまで無心で唱えろ。
そなたの持つ力が存分に発揮できる。
そなたは風だ。空を飛べ! 山を超えろ。
いいか。このお経には力がある。物を動かし、病を治し、風を起こし、雨を降らす」
あゆみは無心で叫ぶようにお経を唱えた。
山を駆けた。空を飛んだ。雲を起こし雨を降らせた。
「おお。さすが、わが一族の血を引く娘。そなたの魔力は大きい。黒の魔王とも十分に闘える力を身につけられるぞ。
さぁ、今から結界を張る。そして、これまで参った六つの観音様の結界を一つにして、この島全体に張り巡らせる。そなたも共にやってみなさい。
あゆみは、法師からもらった装束を身に着けたことで、体を自由に操れる感覚を覚えた。軽くジャンプしたつもりでも屋根に跳び上がるほど、高く飛ぶことができた。
「法師様、すごい! 自分の体じゃないみたい」
「そなたが持ってる力だ。この服を着ると、持っている力を引き出すことができるのだ。さあ、結界を完成させよう」
法師とあゆみは、観音像の前に立つと天を仰ぎ、右手を高く突き上げ、左手で印を結んだ。そして、大声でお経をとなえ、リズムをとりながら印の形を変えた。
「かーっ」
腹の底からの大きな喝を最後に二人の経を唱える声はやんだ。
法師とあゆみの頭につけた冠の石が、クルクルと回るように輝き、真ん中についた大きな石は、日輪の輝きを放った。
「これで結界は完成した。あとは、不動の心を持つ訓練だ。
恐怖や苦しみ、悲しみ、怒り。感情というものに心を惑わされない事だ。特に悪の魔王と闘う時に大事になってくる。
悪の魔王の正体は、生きている者のねじれた感情が黒くくすんで、ドロドロに集まったエネルギーの塊だ。
人は黒の感情に侵された時に、恐ろしい力が出るのだ。しかしそれは、破壊しか生まない。人の心に必ず生まれる黒の感情をコントロールしなければ、誰だって、黒目に憑依される。そうなると黒の魔力はだんだんと強まるのだ。
この島だけでない。世界中の人間の黒の感情が強くなれば、悪の魔王は何度でもよみがえる
決して操られるな。
翌日も、術の稽古は続いた。朝から夜まで。その次の日も朝から法師とあゆみは、龍良山の森の中を駆けまわったり、空を飛んだり修験者のように修行を続けた。
あゆみはもうほとんどの術を使えるようになり、見た目も自信に溢れ、二日前のあゆみとは別人のように輝いていた。
そして三日目の夕方がやってきた。




