第五章 その一
法師はあゆみを抱きしめると、優しく言い聞かせた。
「いいか! そなたは私だ。私はそなただ。おのれを信じなさい。これからあと四か所の観音像を参り、結界をはる。
そして、そなたに術のすべてを伝授する。
母君が眠りから覚めぬのなら、そなたが覚醒し闘いの力をつけるしかないのだ。
それが、日神の家に生まれた者の定めだ。
六観音の最後の地、豆酘の観音堂に着いたら、そなたの力を引き出すための装束と剣をそなたに渡そうぞ」
「装束と剣?」
「そうだ。日神の血を継ぐ者だけが身に着けられる祈祷の時の衣装であり、武具ともなる。
すすり泣きしながらも、法師になだめられたあゆみは、母や自分の帰りを待ってる魔魅たちの顔を思いうかべていた。
「すまないね。まだ子どものそなたに辛い道を歩ませる事になって」
法師は目を閉じた。
「法師様。わかってるの。私が闘うしかないこと。かあさまやあんじょにしょうたん。山童達もみんな、私の帰りを待ってる」
法師は、あゆみをじっと見てうなづいた。
「もう弱音は吐かない」
あゆみはきっとした顔で法師に言った。
二人は、龍太郎の背に乗って、三根の観音像が置かれている小牧宿禰神社を目指した。
「わ! 神社だ。この中にあるの?」
「そうだ。さぁ、まずはご祭神に手を合わせよう」
参拝を済ませた二人は一番奥にある観音堂に入った。
「わぁ、すっごい。お顔がたくさんついてるわ」
「これは、十一面観音と言う。さぁ、座りなさい」
そう言うと、あゆみの前にお経を広げた。
「さぁ、私について唱えてみなさい」
「え、私、まだお経を唱えた事がない……」
「よい。私について一緒に口にしてみなさい。何回も唱えるうちに覚えるから。
そして文字をよく見なさい。すべてに意味があり、音にも力がある。そして、リズムが大切だ。私が読むように、そのまま真似をするのだ」
あゆみはお経を見ながら、法師の声をよく聞きお経を唱えた。
「声が小さい。丹田に力を入れなさい」
「たんでん? なに、それ?」
「丹田とは下腹にある。へその下辺りだ。よし、これも修行の一つ。今、やってみなさい。
足を肩幅くらい広げ、軽く膝をまげ、お尻を落としてごらん」
あゆみは言われた通りにやってみた。
「そう、いいぞ。そして、丹田に気を集め力を入れる。どんな感じがするか?」
「んー、なんか、身構えて戦う感じ」
「そうだな。覚悟を決める時の動作だ。
人は危険な事と向き合った時、命をかけて守ろうとする時、死を覚悟して心を決めた時に自ずと丹田に力を入れるものだ。
そして、もう一つ。その覚悟が抜けないように、お尻の穴をしっかりと閉める事だ」
「え〜、やだ、法師様ったら、こんな真面目な時に冗談言わないで!」
「ははは。冗談ではないぞ。真剣な話だ。ほら、やってみなさい。腹から声を出してごらんなさい」
法師の教えを受けながら、あゆみは何度もお経を唱える稽古を繰り返した。
「さぁ、ここではこれ位にしておこう。次は朽木だ」
「朽木! 行こう行こう」
朽木は三根からは、さほど離れておらず、すぐに着いた。
三根と同じで神社の境内に観音堂があり、その中に観音様が置かれていた。
「ここは、天諸羽神社という」
「え! 佐護にあった神社と同じ名前」
「おー、良く覚えておったな。
天諸羽神社は、島の中にいくつかある。この神社は、占いのプロと言える卜部に関連した神社だ。
政に占いは欠かせないからな。神の姿として、仏の功徳を現わす神社でもある。民衆の悩みや苦しみを受け止めて、救ってくださるのが観音様であるのだ」
神妙に聞いていたあゆみが呟いた。




