第四章 その四
舞い降りた場所は神社の境内で、その中に小さな観音堂があった。
「法師様、ここは神社だよ。神社の中に仏像が祀られてるの?」
「そうだ。ここは、天諸羽神社と言う神社だ。
神は日本人の祖先であり、大元だ。仏もまた尊い。この両方に手を合わせ力をもらうのだ。何かおかしな事があるか?」
「うーん、よくわかんない。けど、あゆみの時代では、一緒に祀られているところはないような……。
それと、神社の側にある大きな建物は何? 人も沢山いる!」
「ああ。神社の側にあるのは、お役所だ。ここ佐護周辺の取りまとめをしている。
政と、神事は切り離せないから、側にたっておる。
そして、ここでは亀卜という占いが行われ、政の行方を決めておる。
これから参る六観音もすべてそうじゃ」
「きぼく……! それは何?」
「ははは。あゆみは、ほんとに何も知らないんだな。
亀卜というのは、亀の甲羅を焼いて、そのヒビの方向や広がり方でさまざまな吉凶を占うものだ。対馬では、この亀卜が盛んであるし、名のある占者が多い」
そう言いながら、法師が観音堂の扉を開けると、正面に木のがあり、その中に観音像が祀られていた。人の背丈ほどもある大きな聖観音立像である。
「わぁ、思ってたより大きな観音様!」
「これが、佐護の観音像だ。立派であろう。さぁ、お経を始めよう。そなたも横に来なさい」
そう言うと、ロウソクに火を灯し、線香を焚き、法師は低い太い声でお経を唱え始めた。
法師様の姿を見つけた村人が近づいてきた。
「法師様だ。法師様がお越しになっておるぞ」
みるみる間に人だかりができた。
「ありがたや。ありがたや」
人々は口々に、法師と共にお経を唱え、その声は幾重にも重なり大きな響きとなった。
法師は、時々、胸の前で両手を不思議な形で結んだり開いたりしながらお経を唱えた。時折「はーっ」と大きな声で叫んだりもした。
「法師様は結界を張っておられるんだ」
お坊さんの恰好をした男性がそう言った。
「ありがたや。ありがたや。法師様が守ってくださるんだ」
そう言って泣き出す者もいた。
お経が終わると、法師はお堂を出て、人々に別れを告げた。神社の階段を降りていると、
「法師様」
突然、後ろから低い声がした。
「おお、三位坊に少補坊。佐護に来ておったか?」
「法師様が佐護に参られるとお聞きしたので、久しぶりに御岳の修行場へ来ておりました」
「そうであったか。黒い霧があちこちで悪さをしているようじゃ。そなた達に守りを頼んでおくぞ」
「はは。かしこまりました」
あゆみは二人の男が立ち去ったあと、後ろ姿に視線を残しながら法師に尋ねた。
「あの人達は?」
「あの者達は修験者だ」
「しゅげんしゃ〜! また、わかんないのが出てきた」
「ははははは。山や谷を駆け巡り、強靭な身体と心を持つ強者達だ。
いつかきっと、あゆみの力にもなってくれるだろう」
「えー! ほんとに。そうなったら嬉しいなぁ」
あゆみは、この言葉が大きな意味を持つとは、この時に知るもなかった。
「次は瀬田ね!」
「なぜにそなた、それを」
「♪さごがわのながれは せたよ
いでのさと そのひかりさす
つつのかんのん
あんじょに教えて貰ったの。
やっぱり、これ、観音様の場所の歌だったのね」
龍太郎は、御岳の白龍の所に行っていて、まだ帰っていないので佐護から瀬田へも、法師に抱きかかえられ空を飛び移動した。舞いおりた場所は法師の言う通り、やはり神社の前だ。
「ここは、國本神社という神社だ。境内にある観音堂の中に観音様がおられる」
そして、またここでも村人が一人二人と集まってきては、法師を取り囲み手を合わせて拝み始めた。
「ありがたや、ありがたや。法師さまが観音様を参ってくださった。
法師様には滅多に会えねえから、今日はなんて幸せな日だ」
「私に会いたくなったら、この世を照らすお天道様に手を合わせなさい。そしてこの観音様を拝みなさい。私はいつもここにいるから。
皆で力を合わせ、この観音様を大切に守って行きなさい。これから新たに命を吹き込み、この島に結界をはる」
そう言うと、お経を唱え始めた。
そして、佐護の観音堂でしたように、立ち上がり、腕を天に突き上げ、「かーっ」と大声で叫び、円を描くように腕を大きく振った。また時おり、胸の前で指をいろいろな形で組み、お経を唱えつづけた。あゆみは側で、木魚を叩き鐘を鳴らした。
観音様はみるみる命を宿したかのように、生き生きとした表情になった。
「おお。観音様に命が吹き込まれた」
村人は涙を流しながら喜び合った。
「次は? いでのさとってどこ?」
「この隣の村。三根だ」
ちょうどその時、御岳の白龍に会いに行っていた龍太郎が二人のもとに帰ってきた。
「おお、龍太郎。丁度いい時に帰ってきてくれた。御岳の白龍は変わりないか?」
「はい、それが、時折、黒い霧のような者が山に近づこうとすることがあると。
近頃は、小さな動物たちが狂暴になるがことが多くなって、気になるのが、その者たちは皆、目が黒目になってると話していました」
「そうか……。もうこちらまで魔力が及んでいるのか。急がねば」
「黒目……」
あゆみは母と共に黒い霧に襲われた時のことを思い出し、背筋にぞくぞくと恐怖が走った。
「ねぇ、法師様。一緒に、私たちの時代に来てもらえませんか?」
あゆみは突然、真顔で言った。
「それはならん。私は、黒の法師を塔に封じ込め、葬らねば」
「でも、私のいる時代で結界は壊され、黒の魔力がだんだんと近づいて来ているの。
このままでは、きっと黒の法師は完全に復活して、この島は魔王に支配される。
法師様。未来が変われば、きっと過去も変わる。
お願い、一緒に未来に来て」
あゆみは、法師にしがみつくと、声をふるわせて何度も何度もお願いした。
「一人じゃいやだ! お願い、法師様。助けて……」
あゆみは、そう言いながら泣き崩れるのであった。




