第四章 そのニ
法師は、あゆみの目をじっと見つめると、口を開いた。
「私と黒の法師は双子の兄弟だ。日輪の母から共に生まれた。
しかし、兄は生まれて三つの時に、高熱の病に侵され、全身に痘ができ、特に顔に醜いあとが残った。
高熱のためか背は伸びず、今もそなたより小さい上に背骨が曲がってしまったのだ。
ただ、知力、呪術など、その魔力は生まれながらに凄いものを持っておる。
しかし、里の民の中には、そんな兄をそしる者もいた。醜い、呪われた子、黒の法師と。
他人の冷たい視線に兄は傷つき、いつも満たされていなかった。あれほどの母上からの愛情も届いておらなかった……。幼き頃より、あの醜い顔の痘が兄を苦しめた。
痘があろうと無かろうと兄は兄であって、醜いと思うのも人の心の陽炎のようなものであるのに。
そんな乱れた心に悪の大魔王が憑依した。黒目にやられた哀れな兄だ」
法師は悲しそうに目を閉じ涙をにじませた。
しかし、すぐに目を開け表情をかえると、あゆみに言った。
「ここ三日の間に、そなたに私の呪術のすべてを伝授する。お経を使いこなせる力を身につけなさい。
私のお経には力がある。使い手の力が弱ければ、使い手がやられる」
あゆみは、母の姿を思い出した。母は黒の法師の魔力を抑えるために、これまで使ったことのない強いお経を使ったんだ。
あゆみは急にまた不安になった。
ほんとに私にできるの? かあさまでも出来なかったことが。
法師様の末裔って言っても、なんのとりえもない私だよ!
法師様のように出来はよくない!
そんなあゆみの心を見透かしたかのように、法師は優しく諭した。
「いろいろ思い悩むのはやめなさい! そなたにはできる。
私は母が亡くなった時、母の体の一部に日神の力を吹き込み、娘を授かった。そなたの祖先となる娘じゃ。
もうじき娘は大人になって、お天道様の光を体内にいれると女子を産む。
そうして、その娘も、またその娘の娘も代々二十三の年になると、光を受け女子を産むようにできておるのだ。
塚の精、あんじょと共に塚を守って行くためだ。
私はこれから、兄を連れて入定し、八日をかけて術にて兄を封印する。
兄の苦しみの象徴である痘に、兄の憎しみが集まっていた。この憎しみから解放するために、引き受け続ける者が必要だった。
そなたたち私の娘の血統の者たちは、母となり産んだ子が五つになる頃には、その顔に兄の痘が出てくるようになる。
この呪いを封じ込める術を娘が引き受けてくれた。つい昨日のことだ。
私と共に、兄の黒魔力を抑えていくためにどうしても必要だったのだ」
「顔に痘! そうだったの。それで、かあさまは、ずっと手ぬぐいで顔を隠していたのね。
法師様! それがおかしいことになってるの。黒い霧に襲われた頃から、かあさまの顔に異変が起きて、元の綺麗なかあさまの顔にもどっちゃった。
かあさまとあんじょが法師様の塔に行ったら、塔が荒らされていたみたい。
かあさまが黒の法師の魔力を抑えるって言って、山の祈祷所でお経を唱えたの。
それから家に帰ったら、かあさまは、そのまま眠りについて、もう何日も眠ったままよ。顔も綺麗なまま」
「痘が消えたと言うことは、黒の魔力が復活した証。
あゆみ、そなた、この島の六観音の話は聞いたことがあるか」
「六観音は、法師様が島を守るために、島の六か所に観音様をおいて、結界を張ったと、あんじょに聞きました。
黒の魔力のパワーが強まっているのを見て、もしかしたら、結界が壊されているのかもしれないと思って、法師様に会うために、この時代にきたの」
「この島の六観音は特別なものだ。
あゆみは行基和尚を知っているか?」
「行基和尚? 知らないなぁ」
「六観音を作った方だ。常に弱いものの味方で、民を大事にする革命の和尚だ。人々の希望の光とも言える」
「ふーん。そんな偉いお坊様が対馬の六観音を作ってくれたの」
「行基和尚が唐からの帰り道に対馬に立ち寄られた。私が、都の帝の病気を治して対馬に帰った頃だ」
「へー、法師様。都の帝の病気も治したんだよね! すんごいなぁ」
「ああ、わしを誰だと思うとる。わははは」
法師はおかしそうに大声で笑った。




