第二十五章 その二
樫根の観音堂で結界を張り終えたあゆみ達は、床谷の観音山を目指した。
樫根から床谷までは、さほど離れておらず、すぐに到着した。そして今、三人は床谷の平地から観音山を見つめている。
「何だ、あれは!」
信國が指をさし叫んだ。観音山の高台全体に白いもやがかかり、麓の方まで棚引いている。
「信國、もやの向こうの黒い大きなものは何? あそこには何か建っていたの?」
「いえ、あそこは元々、観音堂やお役所があった場所。今は、小さな社殿と首塚の他は何もないはずです
」
「じゃあ、法師様が言っていた大魔王の陣て、きっとあれのことね」
三人が観音山を睨むように見た時だった。
観音山に漂っていた白いもやがスーッと引くように消えていった。
「おお、あれは……」
驚きのあまり、言葉を失ったかのように立ち尽くすあゆみ達。
目の前には、真っ黒な魔城が高くそびえ立っていた。古い日本の城を思わせるような作りで天守閣の屋根には、黒い弧を描いた角のようなものが両側についている。
そして、その周りには不気味な黒い霧がうごめいていた。
「何て言うことだ。かつては観音様が鎮座されていた観音山が悪の牙城となっている……」
「いつの間にこんなものを……」
あゆみはそう呟くと唇をキッと固く結んだ。
安國は、側でぶるぶると小刻みに震えるあゆみを心配そうに見つめるのであった。
かつて、人々を守り癒した観音像があった観音山の高台は、深い深い霧に覆われている。その中でも最も黒い霧に覆われた所に祭壇が設けられていた。
驚くべきことに、その中央には仏像を思わせるような像が一体。顔は女神のような優しい表情であったが、黒々と輝くその姿は生々しく、まるで生きているように見える。そしてその周りには像を守るかのように黒い霧がうごめいていた。
ここは、悪の大魔王が総攻撃をかけるために建てた黒の魔城。今から、この地を支配するための儀式を行うのだという。
祭壇の前には、小さな醜い男が頭から黒のフードをかぶり、マントを着けて立っている。その隣には同じくフードをかぶり、顔も体も黒い布で覆った大きな男が揺らめくように立っていた。この男は一体、何者なのか。体は定まっておらず、いつもゆらゆらと揺らめいる。その黒づくめの大男が小さい黒のフードの男に言った。
「黒の法師よ。もうこれ以上の失態はゆるされない。観音像も残り二つとなった。よいか、今回こそ結界を壊さなければ、お前の復活はないと思え」
「はい、大魔王様。今回、この床谷の地で陣を張れたからには、もう我らの勝利を引寄せたも同じ事でございます」
「はっはっはっは。悪霊を味方に付けるとは、お前もよく考えたのう。しかし、奴らをあなどってはいかんぞ」
「はっ。承知しております」
祭壇のロウソクに火がつけられると、真っ赤な液体が入ったグラスが黒い像の前に置かれた。
「闇を司る真王様。山鳩の血でございます」
祭壇の上に置かれた黒々と輝く像は突然目を開いた。さっきまでの優しい表情とはうって変わり、大きく見開いた目は、見る者を凍りつかせるような恐怖を感じさせた。祭壇を取り巻く霧は更に活発に動きだした。
「さぁ、儀式をはじめるぞ。この地に留まり悪霊と化した魂を我らの味方にしようぞ」
そう言うと、大魔王と黒の法師は、低く太い声で呪文も唱えはじめた。
急に空は曇り、稲妻が走り、雷鳴が轟き始めた。大魔城は、どす黒い雲に覆われ、だんだんとその姿は見えなくなった。
あゆみ達は床谷の集落の片隅に立ち、大魔城の豹変ぶりに、ただただ目を見張るだけであった。




