7.世を動かす
「月は陰らせたぞ。
しかし どういうことだ? 奇術と言ったが 御門を消すだと?」
「まぁ待て、そのまま」
清明は困惑する月雲を面白そうに見ていた。
月雲自身が呪の力で理を外れた月雲の一族。奇術そのもののような存在である。
待つ事しばらく。
月の陰った闇夜の中、清明は静かに、外の様子に気を払っている。
月雲も大人しく、その様子を見守っていた。
人が外を動く気配がすると、清明は手を叩いて声を上げた。
「内裏の様子を見て来てみろ!
御門が退位なさるぞ!」
月雲は信じられないというような顔で清明と表を交互に見ると、やがて弾かれたように表に向かった。
清明の屋敷の門前に居たのは、一目で高貴と分かる一団。足早に路を抜けていく。
月雲は彼らの話しぶりから、おおよその事情を察した。
屋敷に戻った月雲は清明に告げる。
「今 屋敷の前を通って行った」
「そうか」
清明はいたずらが成功したように微笑んでいた。
「さて、この術の種を明かそう。
深く愛する人を亡くして傷心の御門は、兼ねてより出家し、仏門で彼女の菩提を弔う事を望んでいた。それが振りであれ何であれ。
そして、退位が都合のいい側近と仲間たちが集っていたのが今日だったのさ。
月が明るすぎると尻込みしてたから、ちょっと背中を押させただけだ」
清明の手のそばにはひらりと浮く、人の形をした紙があった。
情報を逐一伝えていたであろう数多のヒトガタがひらりひらりと舞っている。
「当代の御門には、皇太子の時代から、色々目をかけていただいた。
那智山の天狗殿たちは元気か?」
「あれはお前か 嫌に話の分かる術師だった と言っていた」
「それはよかった」
御門一行の去った方を眺め、清明は息を吐いた。
「多分、主上は騙された事を悔しがるだろうが。
魍魎跋扈する伏魔殿と、どっちがマシかは俺にも分からん」
「陰陽師をして 魍魎跋扈する伏魔殿ときたか」
「本当だぞ?」
そして清明はいっとう真面目な顔をした。
「さて月雲、本題に入る」
月雲が身構えた。
「手前としては見せた通りだ。そこで聞く。
月雲、俺に使われてみる気はないか?」
聞かれた方は意図が分からず、月雲は目を瞬かせた。
「姿を隠しても、軍勢で戦わなくても、できる事はある。
密かに話を集め、人の理を知るのはその一つだ。
権力のもとに忍び込んで重要な話を抜き取っていれば、いつか天下を動かす事すらできるかもしれんよ。今見ただろう?」
まぁこの場合でも次の御門が即位して終わりなんだが。と、清明は口を尖らせた。
「内裏に利する仕事も多いが、わざわざお前が嫌がるような事を任す気はない。
今なら大きな動きを見せる者も多いだろう。
中に入り込んで、誰が誰を利するか損するか、どう攻めるのか守るのか、観察するのにいい機会だ。
清明の式神と言い張れば、即座に誅される事もあるまいよ」
「だが……」
「それができれば敵も見つけられる。攻められる兆しを読める。誰が呪をかけたのか、見当だって付けられる」
誰かを助ける事もできるかもしれん。
清明はそう付け加えた。
「……うん」
素直に頷く月雲を見て、清明は少し不安になった。
現代風に言うと、チョロいのである。
まさか月雲一族、皆こうなのだろうか。
悪事を企まれるのも困るが、素直過ぎるのも利用されたら面倒である。




