6.夜を動かす
月雲は夜、ふらりと清明の屋敷に現れることがある。
冥府の神の子孫を名乗る、月雲一族。
清明も、最初は妙な気配を調べてみようと思っただけだった。
しかし冥府の使者といえど、死に瀕していない相手にどうこう悪さをするものでもない。
今も清明は面白がって、屋敷への立ち入りを許して、色々話をさせている。
「役行者を知ってるかい?」
「話には聞いた事がある。
力に驕った一族の者を 手玉に取ったと 聞いている」
「蘆屋道満っていうのは君らから見てどうなんだい?」
「我らを見る事はできるらしい それなりの力はあるようだ。
あれの式神を見た事がある かなり 騒がしい奴だった。
あれに似てるなら 俺は 会うのは嫌だな」
「月雲は、どれほど残っているんだ?」
「我らは どこにでもいる でも もう多くは残っていない。
征夷大将軍に滅ぼされ 力のない末裔は恭順した。 もう誰も 氏神を覚えていない。
力のある者でも 伝え広まった噂による呪で捻じ曲げられ 獣心に堕ちた者もいる」
「獣心ね……」
清明は一瞬、遠い目をする。
「菅原道真公も君らのお仲間だったりするのか?」
清明の質問に、不意にぴりぴりとした気配が走る。
来た、と清明は思った。感情に紛れて例の気配である。
「違う。
いや もしかしたら遠い血縁かもしれない 不思議な力のある人だった」
しかしその気配はすぐに霧散する。
「いい人だった……」
月雲は自分の手を見つめる。
「月雲は理を外れた者 ゆえに体に異形を来すことが多い。
我らも 自らを 同じ人とは 思っていない」
人と違う青白い肌に長い鉤爪。
「驕り 力に任せて 人を襲う事もある。
あの人は 変わらず接してくれた」
「道真公の、物の怪調伏の伝説はそれか」
月雲が頷く。
「良いことは良い 悪いことは悪いと 言ってくれた。
人だろうと 月雲だろうと 悪い事をしたら詫びさせた。
その時に 人と違う尺を使う事は無かった」
月雲が頭を抱える。
「助けたかった 守りたかった でも駄目だった。 気付いた時には陥れられて 散り散りになって 辛い目に遭って。 出来る事をしてやりたくても 見つけた時には死んでる子もいた 黄泉で会わせてやることすらできなかった」
チリチリと冷気のような気配が漂う。妙な気配はない、純粋に感情によるものだ。
「陥れたと思しき者が溺死したな? 死体が上がらなかったと聞く」
「一族の誰かが やったと聞いた」
「あの内裏の雷もか」
「兄らがやった 俺も手伝った」
「そのまま朝廷と事を構えようという話にはならなかったのは何故だ?」
「日の神の子孫を 今でも我らが仇敵とする者もいた。 だが 忘れられた今 もう意味がない。 そして もう勝てない。 人にも 身を守ろうとする呪がある。 数が違う あれで手を打つ他なかった」
意思の力で理を曲げるのが呪である。
月雲は理を外れているがゆえに強く、理を外れているがゆえに不安定で、数も少ない。
呪の内容によっては人数差で力負けする事もあり。不安定さゆえに、姿をさらして何かを訴える事にも危険が伴う。
「清明が少し羨ましい。
内裏にも力を振るえる」
月雲の力の無い声に、清明がため息をついた。
力を振るえば恐ろしい。
しかし権謀術策を弄した冥王の子孫を名乗るにしては、どうも純朴過ぎるのである。
そして清明は、ふっと何かを見つめる様にした。
「よし、丁度いい、一つ奇術を披露してしんぜよう。
先ほど落雷で内裏を襲ったと言ったな。
今日は月明り明るい夜だが、それを陰らせることはできるか?」
「それぐらいなら 今の俺一人でもできるが なぜだ?」
「御門を一人、消して見せよう」