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5.この国の冥府

「ふむ、君たちに伝わってる話を聞かせてもらおうじゃあないか」


 清明に首肯して、冥府の使者は神話を語る。


黄泉平坂よもつひらさか 千引ちびきの岩を置いて 事戸ことどを渡す時のこと 伊邪那美いざなみは 一日ひとひ千頭ちがしら縊り殺さんと 伊邪那岐いざなぎは 一日ひとひ千五百ちいほの産屋を立てんと 宣言した。

 お産は大事おおごとだ 目に見えぬ小さな毒虫でも 傷にさわれば 火傷のように腫れ めくれ 死ぬ」


 毒虫と言うが、いわゆる病原微生物。感染症の産褥熱のことである。伊邪那美いざなみの死因を彷彿とさせる。


「産屋は毒虫を殺すため よく日の光を当てた砂の上に建てた。

 このよく日を当てた砂を産砂といい 産土神の名のもととなった。

 日の光の清めの力が知られたのは この頃だ」


 現代で言えば、太陽熱と紫外線による殺菌効果の利用である。それを聞いて清明が頷いた。


「それを元に天照大神あまてらすおおみかみが生まれたって事か。なるほど」


「太古 その日の光にて 祓い清める神に相対する 月の神が居た。

 北より西より南より この国に流れ着いた神官たちが 各々の神話と合わせて作った 昼と清めと生と空の神に相対する 夜と穢れと死と地の底の神。

 彼らの神話には 死出の旅路の先にある 七重や九重の門があった。

 須佐之男命すさのおのみことがうたったとされる 『八雲立つ 出雲 八重垣 妻篭みに 八重垣作る その八重垣を』 これは黄泉にある門の事」


 清明がふむと相手を見つめた。


「夜を統べ 日の神の兄弟神として高天原に潜り込み 豊穣神を殺し 織女を殺し 作物を汚し 田畑を荒らして日の神を追い詰め 最後の最後で知略で負けた。

 追放され 化け物を下し 黄泉の門を作り 根の国で八十神を相手取る力を持ちながら 子孫の一人に出し抜かれた。

 それより後は 黄泉の宮で 生きるのに敗れた者を ねぎらっている。

 それが我らが氏神うじがみ 根の堅洲国が主 月読命つくよみのみこと

 我らの居るのは この世と黄泉を繋ぐ場所 そのお役目のため この世のことわりの外に居る ゆえ月雲つきぐも


「ふむ。大元は泉守道者よもつちもりびとか?」


 冥府の使者は少し首を傾げた。


「神代の話は 伝えられるより他は知らぬ」


「なるほどね。そして後、月読命つくよみのみことだけが、歴史から消される事態になった。か」


 清明の言葉を聞いて、冥府の使者はまた頷いた。


「今のみこと お前たちの『御門』 が日の神の子孫がゆえに 我らが氏神うじがみまつろわぬ神が筆頭。 そして我らは ことわりを外れ 巨大な力を持っていた。

 その力を削ぐために 今から百 二百年より昔 古事記ふることふみを作る頃 須佐之男命すさのおのみことを 日の神の荒ぶる兄弟神とし 黄泉の王としてのさがを薄め 一切の話をすりかえることで 月読命つくよみのみことは封印された。

 須佐之男命すさのおのみことの話の多くはすり替えられた後のもの 彼は豊穣神 古事記は大国主の国造りのくだりにある 彼の子 大年おおとしの神の系譜が本来のもの」

 冥府の使者は言葉を続ける。


月読命つくよみのみことの力は削がれたが 封印されたのが幸いもした。

 伝わる人間が限られたせいで 原初の信仰に近い ことわりを外れるほどのしゅの力が 今も強く残っている」


 『ことわりを外れるほどのしゅの力』を目的とする場合、信者が増えるのは諸刃の剣である。

 信者が増えればしゅの力は増えそうにも思えるが、人が増えれば自ずと思い描く像がばらつく。目的もずれていく。大きな宗教には分派が多い。


 現代で言えば、同一キャラクターをお絵描きAIに読み込ませて学習させる際、二次創作が大量に読み込まれると精度が落ちるのと似たようなものである。


「なるほど、だが見方によっては封印されたのは本当に僥倖ぎょうこうだったんじゃないか。

 見るにその体、ほとんどことわりを外れた力によるものだろう。月雲つきぐもは皆そうなのか?

 それで大勢の前に出たら、何かの弾みに滅されるぞ」


 月雲つきぐもことわりを外れているがゆえに、強く、不思議な事ができる。

 が、清明の見立て通り、ことわりを外れているがゆえに不安定である。

 例えばその場に居る大多数が、そこに居る月雲つきぐもの消滅を望めば、あるいは実在を疑えば、それがしゅになって即座に滅ぼされかねない。

 中国で言う所の見怪不怪 其怪自敗。怪現象が起こっても認めなければ怪異は消えてしまう。という現象を地で行く存在である。


「……ゆえに我らは 人前に姿を現さない」


「現さない、というより現せないが正しいな。

 だから土蜘蛛つちぐもだのなんだの、好き放題に書き換えられてるわけか」


 土蜘蛛つちぐもは古事記に出てくる、奉ろわぬ神を奉じる豪族と思しき存在である。

 元来が月雲つきぐもだったなら、酷い誤記であった。


「ゆえに我らは 死人を黄泉に送っている」

「信仰の根源である以上は、ある意味当たり前か、冥府というのは過ごしやすいのかね?」


 清明の軽口に、男は少し考えた。


「話には聞くが 行ったことは無い」

「じゃあ坊主とおんなじか」


 清明は笑って酒を注いだ。

 冥府の使者は憮然ぶぜんとしていたが、注がれた酒を口に運ぶ。


「しかし本当に名は無いのか?」

「必要がない 兄や妹が分かれば十分 外の者は勝手に名を付ける」

「外の者としては呼び名が無いと不便だからな……俺も名をやりたいんだが、どうだ?」


 冥府の使者は少し不服そうに目を細めた。


「否か」

「……お前ほど力があれば 名で縛るようなまわりくどい真似もいらんだろう。 好きに呼べ」


 清明が顎に手を当てて考え始める。


月雲つきぐもそのままでは都合が悪かろうし……

 ……よし、月雲つくも。俺は今よりお前を月雲つくもと呼ぶ」

 月雲つくもはやはり憮然とした表情のまま、しかしこくりと頷いた。


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