33.是は昔のある村の話
魔歯と呼ばれるものがある。
何のことは無い、乳児に生える歯、人より少し早く生えた歯か、歯になるはずだった組織の一部が顔を出したか、先天性歯というものである。
しかし抗生物質の無い時代、それは非常に危険なものであった。
自身の口を傷つけるのみならず、母親の乳房も傷つける。
そうして怪我に増えた菌が、傷から入って母子を殺す。
生まれながらに自身と母親を殺す赤子。
鬼子と呼ばれ捨てられる、殺されることもあったという。
知識の無い時代の事であった。
ある寒村の若い男が、青い顔で寺を訪ねてきた。
冬でもないのに着物の合せをぴったり締めて腕を掻き抱き、冷えた水でも浴びたかの様子である。
聞けば数日寝ていない。
家に生まれた自分の赤子が、どうも鬼子でないかという。
そんな馬鹿な事があるか、と、坊さんは連れ立って家に行った。
男の妻と赤子だけのはずの家で知らない女の声がした。
怪しがって覗いてみると、寝ている母親の側に、座っていたのは女の鬼である。
「あーーーー!!!」
それを威嚇していたのは、這うのもおぼつかない赤ん坊である。
見れば確かに小さいながら、下の前歯が生えていた。
「黄泉の国の粥を食べさせたいが さて困った」
鬼は匙をひっこめた。
「母が死ねば赤子は生きれぬし 赤子が死ねば母は心気から病を悪くして死ぬだろう。
二人も連れていくわけにもいかん。
よし決めた」
鬼は赤ん坊の口に手をやると、歯をスポンと抜いてしまった。
「先に一部を連れて行こう。
残りはそのうち連れに来るぞ」
鬼はそう言うと姿を消した。
赤ん坊が泣きだして、坊さんと父親は慌てて家に駆けこんだ。
妻と子供は無事であった。
いつ連れていかれても悔いのないようにと、両親は子供を大事に育てた。
子供もそれを受け、孝行しようと努力した。
そうしていつか村も富み、家族そろって天寿を全う。
孝徳が鬼を退けたのだと、家は豊かに続いたそうな。
この一件を見た坊さんは、鬼子なものか、孝行ものだと、魔歯の生えている子があれば、鬼に見つかるその前に、やっとこ鋏でえいやと歯を引き抜いてやったそうである。
是は昔のある村の話




