32.是は昭和の不思議な話
それは昭和の終わりごろ。高度成長真っ盛り。
ビルは天高く灯は煌々。
紫煙、廃ガス、飯屋の匂い。沿わぬものを踏み潰して。汗の混じった妙な活気に満ちていた。
時は夕暮れ、親子連れが、今日の家路を急いでいた。
「ママー!! おまけでたー!!」
自販機で、飲み物を買った子の歓声である。
当時の自動販売機は、買うとおまけでもう一本、缶が出てくるものがあった。
よかったわねと声をかけ、母親は目の端に人を認めた。
当時としてはもう珍しい。
着物姿の男性である。
その男はじっと母子を見ていた。
「あの、何か?」
思わず母親は声をかける。
「そちらの缶 冷えていないな」
言われてみればその通りだったが、何とも不躾な男である。
母親が怪訝な顔をしていると、男はそのまま続けた。
「警察を呼んだ方がいい 毒入り事件は知っているな」
言われて母親の背が凍る。
自動販売機取り出し口に毒入り飲料を仕込んで、間違って取った者を毒殺する。無差別殺人が横行していた頃であった。
絶対飲んじゃダメよ、と、子供に金切り声を上げ、強く手を引き公衆電話へ、混乱し震え慌てる手で、ダイヤル回して警察を呼んだ。
さて毒物が検出された。手口から模倣犯である。
着物の男が何か知っているものかと、捜索されたが影も形も見当たらない。
まさかそんな目立つ格好で、犯行に及ぶわけもない。
勘のいい人が親切で、声をかけてくれたのだろう、ということで終わりになった。
是は昭和の不思議な話。




