30.是は迷子と月雲抄
蘆屋道満は面倒見がいい。
病気、憑き物、失せものなどを、広く世話する播磨の市井の陰陽師である。
「小さな山一つ越えたところで、三日前、子供が居なくなったそうだ。
手伝いを乞われた。探しに行くぞ」
「おー!!」
やる気満々な一つ火と打って変わって正反対の様子は、如月である。
「……俺を 黄泉の使者と 知っての事か?」
「知ってる知ってる、冥府の使者なら死にかけの子供ぐらいすぐ見つかるだろ」
とんでもない理屈である。
着いた頃には日も低く、そろそろ帳も降りる頃である。
村の大人たちは、その間散々探し回り、一縷の望みが今日であった。
道満の占いで、山の東側。
崖が多く、踏み入れたら大人でも危ない。
安全な道を手分けして、数人一組で探すということになった。
「お前たちは好きに動いてくれ。見つけたら道まで連れて来てほしい」
「任せろー!」
道満の指示に、一つ火は元気いっぱいに飛んでいった。
「三日か、食わせる物持ってくればよかったな」
と、道満がその辺のイチイの木の実をむしって、如月に渡す。
「おい……」
渡された実を見て、正気かと言いかけて止まる。
「アケビでもあればその方がいいが、他に見つからん。食えそうだったらあげてくれ」
月雲は冥府の使者。
亡者に黄泉の飯を与え、冥府の入り口に案内するのがお役目である。
行方知れずになっている子供の親が聞いたら卒倒しそうな、縁起でもない会話であった。
見つけたのは如月である。
やはり場所は東側、高い崖の下だったが、子供特有の柔らかさの為か、ほとんど無傷で生きていた。
しかしまともに食事もとれず、寒さの中に三日である。
「……誰?」
かすれた声でたずねてきた。
月雲の姿が見えている。見鬼の才でなければ死にかけである。
「我ら……」
如月は少し逡巡した。
「……食べれるか?」
咄嗟に差し出したのはイチイの実である。
月雲は死者に黄泉の竈の飯を与え、冥府の入り口に案内する。
では現実にあるものを、月雲を介して手渡したら、黄泉戸喫にはあたらないかどうか、試してみるまで分からない。
「うえへへ……甘い……」
嬉しそうにイチイの実を頬張る。
「種は 吐き出せよ」
言った如月は自分の言葉がのどにつっかえたように黙った。
子供が笑う。元気が出たようである。
咄嗟のこととはいえ、助かってしまったものは仕方ない。
「……道まで行くぞ 動けるか?」
「うん!」
小柄な子供ならやっと通れるような道。そこを縫うように進んでいく。
「兄ちゃん手ぇ冷たいねぇ」
「初めて 言われた」
そもそも生きている人間に触れたのが初めてである。
道に居る大人たちの松明が見えたところで、子供は飛び出して大人たちに飛びついた。
驚くやら喜ぶやらの大騒ぎである。
「兄ちゃんが助けてくれたんだよ! しゃくのきの実持っててねぇ! 手ぇ冷たくてねぇ!」
そう言って振り返った子供は首を傾げた。
誰も居なかったからである。
如月はずっとそこに居た。
しかし子供には見えなかった。
大人たちの側に帰りつき、死の淵から遠ざかって、月雲を見れなくなったのだ。
よかったよかったと言いながら、麓に向かう松明の群れが見えなくなっても、如月はずっとそこに居た。




