29.是は月夜の月雲抄
「おう帰ったか、どうだった?」
道満が帰宅した二人に声をかけた。
「楽しかったーー!!」
「弟一人が百人居るかの様だった……」
「何?!」
なぜか一つ火が驚愕した声を上げた。
「俺の方が 兄だぞ!! 俺が 道満と 先に居たんだからな!!」
そう言って憤慨している。特に競り合う事も無い如月は流した。
「そうか お前が兄だ すまん 兄」
「分かれば いいんだぞ!」
月雲一族は基本的に物静かである。
一つ火が百倍元気というのは誇張ではない。
「あ、しまった」
道満が鍋を見て慌てた。
「いつもの癖で、つい薬草粥を作っちまった。すまん」
そう言って如月を見る。
「いや 必要ない」
如月は、この家のものに口を付ける気はなかった。
つい最近まで自分たちも知らなかった事ではあるが。
呪で体を作っている月雲が、体に作用する呪をのかかっている薬や食物を摂取するのは完全に自殺行為である。
「如月は 薬 嫌いなのかー!?」
「薬が飲めない人も居るぞ、いろいろ工夫しなきゃいかん。
しかし困ったな、作りすぎた」
「向こうの山の ふもとのおじじが 風邪をひいて 寝込んでいるぞ!!」
「じゃあ届けてくるか! 行くぞ! 一つ火! 如月!」
「おー!!」
全員で行く必要があるのか? そんな疑問は置いておく。
播磨の国。たまに晩御飯を作りすぎちゃった陰陽師がおすそ分けに来てくれるらしい。
「秘密の 特訓に行くぞー!! 如月ー!!」
深夜の事である。
何をするでもなく出歩いていた如月は、なぜか一つ火につかまった。
「秘密だからな! 誰にも 言っちゃ だめだぞ!!」
しかし内緒の話であるが、一つ火の秘密の特訓の事は、この辺りの村人全員に知られている。
「いくぞおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……………………………………ふぎゃふ!!」
毎晩、天下原に秘密の特訓に向かう一つ火は、毎回なぜか必ず途中のお地蔵さんに激突するのである。
毎朝、村人の誰かがそのお地蔵さんを起こしてあげているのであった。
現代で、転け地蔵と呼ばれているお地蔵さんである。
特訓と言っても、昼の様子とあまり変わらない。天下原の野原でびゅんびゅん飛び回っている。
「……兄は 何故 特訓をしている?」
「悪いやつが出た時に 道満と退治するためだぞ!!」
目的はあるようだ。
「じゃあ 俺が避ける的になるか? その方が 張り合いが あるだろう」
「いいな! 特訓っぽいぞ!」
飛び回る一つ火に煽られて、野原に火が付きそうだったのを見かねたのである。
飛んでくる一つ火を、上体を軽く避けて躱す。
後ろから来ても軽く伏せて躱す。
じゃれてくる相手をいなす格好である。
「如月は なかなか 筋がいいぞ!!」
「そうか……じゃあ 俺が道満に牙を向いたら 兄が俺を 焼いてくれるな」
「? 道満を 噛んだら! 俺がお灸を 据えてやるぞ!」
「ああ 頼む」
月の夜、秘密の特訓の時のことである。




