28.是は火の玉と月雲抄
ここは播磨の国の加古川。
蘆屋道満の住まいである。
そこに来ているのは黄泉の使い、月雲一族。一族の名前が呪われて、名前を変える必要が出ている。
その月雲の一人は若干途方に暮れていた。
道満は庭を指して言った。
「好きにしてていいぞ。薬草自体には触れて大丈夫だったよな?」
よく効く薬には製造者が無意識に込めた薬効に関する呪が掛かっている。呪でできた人である月雲が人の体に作用する呪に触れると、体の作りが乱される。
月雲に薬酒が毒として効いたのはそうした事情である。
摘んだだけ、生えているだけの薬草は、めったに毒にはならないだろう。
「好きに……?」
いきなり何をするでもなく放っておかれてしまった。
それなら亡者でも探すか、と、思ったところで、庭の隅に力の気配を感じた。
井戸である。
道満が気付かないわけがないが、先ほどからどうも読めない動きをする。
案外気付いても忘れているんじゃないかと、少し心配になった月雲の男は、井戸の様子をうかがいに行った。
井戸の気配は強力な化け物と言うわけでもないようだ、月雲の男は自分一人で対応できそうだ、と思ったところで井戸の蓋をずらした。
「どーーーまーーーん!!」
何かが井戸の底から吹き飛んできた。
火の玉である。
「お話 終ったか!? お客 帰ったか!? もう遊べるか!?」
「お、忘れてたわ」
道満の知り合いの火の玉だったようである。
こんなに騒がしいのをどうやって忘れるやら。
火の玉が月雲の男に気が付いた。
「お前は 誰だ?!」
「そいつは客だ。しばらくここに居るはずだ。こいつには姿を見せていいぞ」
改めての自己紹介である。
「式神の一つ火だ」
「そうだぞ!」
「薬草を煎じる時とかに便利だぞ」
「任せろ!」
コンロである。
「なあなあ! お前名前は!?」
「我らは…… 名は無い」
もともと個人の名前が存在しない月雲一族である。
その一族の名前も呪われて、今は使えない。
「しかし呼び名が無いと不便だな。
こいつが一つ火だから二月……というのも単純すぎるな。ちょっと捻って、とりあえず如月にするか」
二月の異称である。
「如月……」
「仮決めだからな、後で次郎とかにしてもいいぞ」
割とあっさり暫定、如月。次点、次郎と名が付けられてしまった。
「よし! 遊ぶぞ 如月!」
「遊ぶ……?」
陰陽師を放って、式神は遊びに行く宣言をした。
「よし行ってこい! 火事を起こすなよ!」
「分かったー!!」
道満の一声で河原にすっ飛んでいった一つ火。
思わず後を追う如月である。
石の多い河原とはいえ、ボヤでも起こりそうな勢いであった。
そういえば、昔、月雲が、騒がしい式神を見たと言っていたな、と、如月はふと思い出した。




