27.是も一つの月雲抄
「兄 名前が 決まらないらしい」
月雲が清明に相談していた。
呪の力で理を外れた月雲の一族。
彼らは信仰に従って、冥府の使者を務めている。
一族全体が奇妙な呪詛に狙われて、月雲の名を隠す必要が出ていた。
「確かに危険は危険だが、今すぐどうこうなるでもない。
思い詰めると、逆に呪いを呼ぶこともあるぞ」
「思い詰める…… 確かに 兄は そうなってた。
お役目も まともにできないし いっそ呪いに憑かれる前に 根の国に 向かうべきかと 言っていた」
「それは大分まずいな」
と、清明が軽く占ってみたところ。
「……播磨か……悪い奴ではないんだけどな……」
「心当たりが あるのか?」
「考え無しだが、何してもそこそこの吉が出る。
理に勘が鋭いんだろう。多分。おそらく」
という経緯があって、月雲の兄。月雲の男が行かされたのは、播磨の国の加古川は岸村である。
月雲の兄は近くの林の暗がりから、言われた場所の様子を見ていた。
男が一人、畑を耕している。
生粋の農民という風でもなく、武士が休暇に家庭菜園や薬草園を手掛けている、そんな様な雰囲気であった。
その男が林の月雲の男に気付く。
そう、月雲に気付いた。見鬼の才があるのである。
「おお! お前が清明の言ってた奴か!?
俺が蘆屋道満だ!」
言って懐の例の五芒星、清明桔梗似の紋を出す。間違いではないらしい。
「そんな暗いとこに居ないでこっちに来い! 茶でも出すぞ!」
「……」
別に月雲は太陽の下に出れないとかそういう事は無い。宗教上の理由で、何となく居心地が悪いだけである。
「まぁ飲め飲め」
と、竹を割っただけの椀に茶を注ぐ。
「いや 必要ない」
「あ」
月雲の兄が断るのとほぼ同時に、道満が止まった。
「これ薬草茶だった。お前ら薬飲むと死ぬんだったか、すまんすまん」
と、自分で飲んだ。
唐突に死にかけた月雲の兄の顔が引きつる。
さて、この陰陽師の事である。
「……蘆屋道満は 都の貴族を 呪殺しようとして 安倍清明に阻止され 播磨に流された と聞いていた」
「あー……あれな~~……」
藤原顕光が藤原道長を呪ったとされる事件である。
「……誰にも言うなよ?」
「人の事情なぞ 言う相手がいないが」
「顕光殿はな、体の具合が悪かったんだ。
人の体にはこう、肉とも筋とも骨とも違う、繰り糸のような線が入っていて、それが体を動かすのだがな?」
神経である。
「道長殿の当たりがきつくて、その繰り糸の元の方に当たってな、それが体に悪く出ていた」
ストレスである。
「道長殿も呪いに懲りて、少しはマシになるかと思ったが、結局うまくいかなかった様だ」
清明曰く。
道満が呪詛がばれるや否や聞かれてもいないのに犯人や背後関係をペラペラ喋るせいで捕縛に向かった検非違使達が困惑していた。とのことである。
折しも親王の騒動の直後である。
何があったか、多少の語弊を含んだ上で現代風に言うと、娘と将来王様になる娘婿には息子までいた。が、ライバル貴族が圧力掛けたり懐柔したり邪魔しまくってきた結果、娘婿はそのライバル貴族の娘に寝取られて継承権破棄。娘はショックで病気がちになり、病死。である。
これはさすがに顕光さん呪っても仕方なくない?
という空気になった。
ついでに道満の挙動不審さも相まって。
この呪詛騒動、道長さんが顕光さんを追い落とすために仕組んだ自作自演だったりしない?
みたいな空気になった。
道長には皇族のスキャンダルを利用してライバルを追い落とした前科がある。
しかし今回の実態は、道満がちょっと道長を脅かすため、良かれとやった事で、まさかの関係者全員が無関係である。
下手に突いたり長引かせたりすると意味の分からん場所に下手な呪詛よりめんどくさい風評被害が発生する。
結果、顕光さんは特にお咎めもなく、道満さんはお前もう帰れよと、故郷の播磨に送り返された。
「それでも顕光殿が亡くなった後に道長殿の娘が相次いで亡くなってな。
それで祟りとか言われたのだから、やはりまだ苛められていたんだろう。
どうすればよかったか、未だに分からん」
考え無しな所があるが、悪い奴ではないようである。
「……お前は いい奴だな」
「ん? おう、陰ながら人助けをする悪役だ! かっこいいだろう!」
ダークヒーローである。あまり似合っていないが。
「清明から事情は聞いてるぞ! お前の一族もかっこいいな!」
月雲の兄は、ゆっくり俯いた。頷いたようにも見える。




