25.月雲の消滅
「都の噂は変わりません」
清明の兄弟子、保憲が来ていた。
それを聞いて清明は溜め息を吐く。
「神々のお家騒動に巻き込まれた形ですからね。
武士団も、おいそれとは口外できんでしょう」
姉の死闘から数日後のことである。
月雲とその兄弟達は、清明の屋敷に来ていた。
年上と年下が多く抜けて、ここにいる月雲達は人の似姿をしているが、どことなく人から遠い気配を持つ者達である。
「清明 誰がやったか 分かったと聞いた」
ぴりぴりとした気配が漂っている。
「……ああ……お前たちの姉に憑いたことで、ようやく形を割り出せた……そこから兄上と手分けして、いくつかの痕跡を追えた」
「誰が こんな 惨い事をした? 日の神の子孫か?」
「違う、御門は貴族連中に翻弄されっぱなしだ。
今更消えた一族を抹殺するような時間も力もない」
「じゃあ 貴族か? 日の神とともに降りた 天津神の子孫たちか?」
「違う、貴族連中は権力闘争でそれどころじゃない。
そもそもお前が言ったように、誰も月雲を覚えていない」
「じゃあ 陰陽師か? どこかに潜む 途轍もない術師か?」
「違う、月雲を呪って生き残れる陰陽師などおらん。
お前らの兄に一蹴されて終わりだ」
「じゃあ 誰だ?」
「仏僧。寺だよ」
ちりりと空気に剣呑な気配が宿る。
「断っておくが、多くの僧は無関係だ。
日々精進を重ね、世の為人の為に尽くそうと努力している」
清明は長い話を始めた。
「およそ二百年以上前、この国の人間を浄土に導かんとして、土着の冥府の使者、月雲を敵視した僧が居た」
「だが月雲は呪に長けた超常の一族だ。
そのまま呪っても返されて終わる」
「だから日常の祈祷の中に、怨敵調伏の呪を組み込んで弟子に伝え、数百年かけて恒常的に呪うことにした」
「気付かないはずだ。呪いは通常、強い力と向きを持つ。そこを無理に遮ろうとすれば暴発する。呪いも呪い返しも危険なのはそのためだ。が、」
「意図を伝えずに、極めて薄い呪が祈祷の形だけ伝わった事で、ほぼ完璧に隠されていた」
「お前たちにすら気付かれる事なく、細く、長く、広く広まった呪詛の網。
普段は何てことはない、祓う事もできる、何なら普段の無関係な祓いに紛れて消えている。
だが、広く広がっているゆえに、完全に消え去る事は無い」
「そして一度動き出せば、周囲の因果すら絡めとり、確実に獲物の息の根を止める。
お前たちの兄姉がやられたように」
数人が怖気から自分の腕をかき抱いた。
「意図を伝えず、術の形だけ伝わって、もはや制御が効いていない。呪いの体さえ成していない。
現象に近いが、神と言うには薄すぎる。祀って鎮めるのも無理だ」
「月雲を殲滅するためだけに作られた、崩れ、はぐれ、壊れた呪詛。
『呪詛 土蜘蛛』それがお前たちを狙うものの正体だ」
話が終わった。
「……その坊主たち 全員殺せば 解けるのか?」
姉が切り出した。
「たとえ全員殺しても、長年積もった呪が動くだろう。
儀式に関しても一つ一つの力が弱い上に、この国の各地に散らばっている。兄上と俺でも探しきれん。
仏教の力が弱かった時に現れたのも痛い。
地元の祭神と合わさって、生き延びているものまである」
保憲が引き継いだ。
「ここ数百年で、名だけ残って儀式だけ消えたもの。
他の宗派と合わさって、名が消えても儀式だけ継いだもの。
現状、どの坊主を殺せば助かるなどとは、到底言えるものではありません」
「祈祷の様子をよく見れば、お前たちなら呪詛に気付くかもしれない、が。
近づかない方がいい。何がきっかけで呪詛が動くか分からん。
呪詛を見張るつもりが見張られていて、という事もありうる」
「…………我ら 黄泉に渡るのに 恐れはない……だが」
「ああ。今、お前たちは、少しの弾みで人食い蜘蛛鬼に取り込まれる。
不意を打たれたら抵抗するのも難しい。そのまま理性を無くすだろう」
「我ら 黄泉に渡るのに 恐れはない だが 人を襲うのも 本意でない。
清明 何か 手は 無いか……?」
清明が保憲と顔を見合わす。
「無い事も無い。
土蜘蛛が呪っているのは月雲の名。
呪禁の基本。名を変える」




