24.死軍
「汝弟 お前も 逝くのか?」
「月雲兄 俺は 独り立ち できてないから 最期まで 汝姉と 一緒に居る」
月雲は握り飯を差し出す。
「食べていけ いつか 根の国で また会おう」
「陰陽師 清明 世話をかける 弟妹らを 頼む」
姉が深く礼をした。
物静かに、死軍に向かうものとの別れである。
武士団が向かっているのは通報のあった都の外れの荒れ屋敷である。
まるで先導するように、緑に燃える髑髏が一つ飛んでいる。
屋敷の中に、所狭しと化け物が揃い踏みしていた。
見鬼の才が無い者にも姿を見せているのである。
その中に一人、人にしか見えない女がいる。大枝山にいた女である。
その女が名乗りを上げた。
「我ら 夜の食国を知らす 月読命が末裔。
奉ろわぬ神の 一族が筆頭。
月に掛かる雲 名を 月雲」
武士団に動揺が走る。
武士団が精鋭だったからこその動揺である。一瞬で内容を精査できるだけの教養がある。
天照大神と並ぶ三貴神の末裔をかたる。しかもその一柱を奉ろわぬ神とする。
朝廷の権威に異を唱える。
先の新皇を称した平将門に次ぐ不穏分子。朝敵である。
しかし一方で納得もしてしまった。
月読命は名前以外ほぼ一切の事が伝わっていない。
奉ろわぬ神として抵抗勢力に組したなら、名前が消されていてもおかしくはない。
古事記に出てくる国津神、『尾あり』と記されるものも多い。
今、目の前にいる、異形を特徴とする一族と奇妙に符合する。
そして一族の名前は月雲。
彼らは月雲。記紀に土蜘蛛と記される、奉ろわぬ一族の末裔。
最近の蜘蛛鬼の事は、完全に武士団の頭から飛んだ。
姉の宣りが、都に渦巻く呪に勝ったのである。
「我らの 永く堕とされた名を 削ぐため いざ まいる」
呪が解けたなら逃げる手もあった。
しかし姉たちは逃げなかった。
ここで逃げたら月雲は、不穏分子としていつまでも追われることだろう。
そのうち別の呪がまとわりついてくる。
だからここで再び消す。
全員死ぬか。全員殺すか。
戦って戦って。
姉は自分の周りから、少しずつ剣戟の音が減っていくのに気づいていた。
生きても死んでも弟妹と引き裂かれる寂しさに、一瞬、怯み、迷い、脅える。
不意に袈裟懸けに強い痛みを感じた。
切られた。
心が負けたのである。
これが最期、と、胸に刺さる刀を掴む。
相手の顔に霧がかかり、切ったのが誰かも分からない。
ああ、これが八重垣に向かう者が見る光景か、と、一瞬感慨にふけり、力が抜けていく中で精一杯、見えない相手の顔を睨みつけ、一息ごとに音を吐く。
「我ら は 月雲」
「忘れるな」
「忘れるな」
「我らの 名前を 忘れる な」
「終わった」
静寂に沈む清明の屋敷。
清明が、月雲達に小さく告げた。
部屋の中から一人、二人がふらりと消える。
一人になりたいのだろう。
人を襲う事はないはずだ。
今襲えば、残党狩りが始まる。姉らの犠牲が無駄になる。
清明が部屋を出ると、月雲も音もなくついてきた。
立ち止まって、庭から見える月を眺め、丁度言えなかったことを告げる。
「武士団の話によると、お前の兄が今際の際。
何かに謝っていたそうだ」
大枝山の討伐隊の、禊の儀式で聞いた事である。
僧や神官などはそれを聞いて、死の間際に悔い改めたなら、奉るべきかなどと見当違いの事を言っていた。
それは月雲には伝えないでいい話である。
「お前の兄は最期、お前たち弟妹に、謝っていたのだろう」
長の最期の言葉というのなら、せめてこれだけは伝えたかった。
月雲は少し首をかしげ、返した。
「兄は 清明に謝りたかったのだと思う」
思わず清明は月雲を見た。
「周囲の武士が聞いているから 名前を言う事が できなかった」
「……そうか」
「きっとそうだ」
暗く静かな月の夜。
そよ風に揺すられて頷くように草が揺れていた。




