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22.腕

 門の声は、遠く、摂津の国に居るはずの、武士の乳母の名を名乗った。


 武士が事の次第を伝え、物忌み中につきお引き取りを願うと、門の声は静かに泣き出した。


 そんな大事に巻き込まれていたとは露知らず。自分に厄が降りかかってもいい、せめて無事でいる顔が見たいと泣いている。


「なあ 月雲つくも 今の内に 物置を 調べなくてもいいのか?」

「調べたいなら 調べてもいい でも 俺は 男の隙を見張る」


 門の外に居るものは、武士の乳母を名乗っているものの、その実、彼ら月雲つきぐもの姉である。


 一条戻り橋の時といい、姉は泣き落としが上手いのか、と言えばそうでもない。


 死に淡白な月雲つきぐもの一族で、少しだけ、他の兄姉よりも、寂しがりなだけである。


 作り話を混ぜるとはいえ、死に別れたばかりの兄弟達を思い出し、本気で泣いているのである。

 それが真に迫っているせいで、武士もだまされたわけである。


 そして今も、根負けをして門を開いた。


 乳母のふりをした姉が、屋敷に通される間、物置を探していた兄弟達も集まって来た。


「櫃は 全部調べた やっぱり ないぞ」

「姉 大丈夫かな」


 月雲つくもが弟妹達にも声をかける。


「何かあったら 周りから みんなで 男を抑えるぞ。 姉なら それで 何とかする」


 そして月雲つくも自身は男の右手側に動く。たとえ体を張ってでも、刃先を止めるつもりだった。


 落ち着かない様子の、乳母に化けた姉は、武士に聞く。

 この家には鬼の腕があるそうだが、どこにあるのか、聞かなければ穢れに注意する事も出来ない。

 と、もっともらしい事を言って、腕の在り処を聞き出そうというのである。


 部屋に集まって来た月雲つきぐもの兄弟達も、固唾をのんで耳をそばだてる。


 武士は床に、右手の抜身の太刀を突き刺した。いつでも手にとれる位置である。


 そして周囲に注意を向けながら、左腕の籠手の紐を外し、籠手を紐でぶら下げた。

 そう、左の籠手が丸ごと外れた。

 武士の左腕は籠手の中に入っていなかったのである。


 武士が服の下に入れていた左腕は、ずっと小刀を握っていた。今は服の合わせを引いて腕を外に出し警戒している。


 そして、外した左の籠手を逆さまにすると、床に落ちたのは鬼の腕、ずっと探していた姉の腕である。


 これには月雲つきぐもの兄弟達も唖然あぜんとした。


 この武士、ずっと彼らの前で、目当ての物を身に着けていたのである。

 直前に思い当たった月雲つくもは歯噛みした。


 なぜずっと、武士は物置部屋に張り込んでいたのか。

 あそこの櫃のどれかにあると思い込ませるためである。


 なぜずっと、抜身の太刀を持ち歩いていたか。

 鞘から抜くために、左手が使えなかったからである。


 なぜ胴丸だけ着けていなかったか。

 自身の左腕を、服の中に隠すためである。


 最初の日、姉の腕はあの部屋あの棚、月雲つくもが開けたあの櫃の中にあったのだ。そう、あの櫃の中、小手の中に。



 乳母に化けた姉が、腕をよく見ようというように近寄ったところに、刀を突きつけられた。


「動くな」


 止める隙も間もなかった。途端、月雲つきぐもの兄弟達の殺気が膨れ上がる。


「動くな。切ろうと思うならとうに切ってる」


 周囲を睥睨へいげいする視線にあてられて、徐々に月雲つくもの兄弟達の圧が小さくなる。


「お前はこの腕の女だな?

 家族を思って泣く声が同じだった」


 最初から、門の外の正体は姉だと気づいていた様である。


「なぁ……お前たちは……」


「『土蜘蛛』は……」


 その時、月雲つくもからは、不自然なほどに口を引きつらせ笑う姉の顔が見えた。


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