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21.櫃 三の段

 まだ七日目の朝があける前のこと。


「火が出れば 姉の腕を持って 外に出るはずだ。

 煙の 幻で 惑わせよう」


 明るくなると、屋敷の中が白々としている。

 焦げたような臭いもする。


 武士は少し考えた様子だったが、その場を動かず前を見ていた。


「出てこないぞ」

「煙を 増やすか?」


 普通なら、煙に巻かれて焦るはず。それでも動かないのである。


「動いた」

「どこへ行く?」

「外だ」

「朝飯か?」

「姉の腕を 持ってないか?」

「持ってないぞ」


「あの男 煙で 前が 見えない はずだろう?

 なぜ 家の中を 歩けるのか?」


「月の無い夜も 歩いていたぞ」


「多分 歩数を 数えている。

 戦場で 陣屋の火を消される事がある。

 だから 歩数で覚えておいて 余計なものを置かない事。

 粗忽そこつな部下が物を置いて けて転んで討ち取られた と 昔 送った 武者の亡者が 言っていた。

 本当は 急な暗闇に動じて 明後日の方に 逃げたのだが」


 そんな事を話している間に、武士が戻って来たので物置部屋から撤退する。

 様子をうかがっている月雲つきぐもに対し、武士が虚空に話しかけてきた。


「この屋敷には俺一人。外が燃えていたわけでもない。

 人の焼ける臭いがするわけなかろう。

 もうこの手は食わんぞ」


 月雲つきぐも達が頭を抱えた。

 彼らは冥府の使者である。

 黄泉の竈の火を除けば、彼らの知っている火の臭いといえば人が焼けた火事か火葬の煙であったのだ。


 七日目の昼の事である。



「なあ もう櫃全部調べただろう?

 見張っていたから 入れ替えもない。

 なぜ姉の腕は 見つからない?」


「屋根裏か 床下か 隠し棚でもあるんじゃないか?」

「探した 見てみた どこにもない」

「もう 日が暮れる」

「この部屋にあるのは まちがいない」


 今夜が最後の機会である。


「櫃は全部 調べたはずだ」

「でも 見つからない」


 兄弟達と、堂々巡りの末に、閃いて、月雲つくもは武士を見た。


「……まさか――……」


 両腕に肩まで覆う籠手、右手に抜身の太刀を持ち。左手は自然に体の脇。丈夫な金属の脛当てを着け、今は奥の壁に背をつけて、静かに目を閉じている。


「……姉の腕を 取り戻す。 ……汝兄なせ 俺が 一番先に 死ぬ……」


 兄姉を切れる相手。あしらいで兄弟を威圧できる相手である。こちらの姿が見えないとはいえ、本気でやりあえば何人死ぬか分からない。

 月雲つくもは言い出した自分が真っ先に命を懸けるつもりであった。


 月雲つくもの殺気に気付いたのか、武士が目を開け太刀を構えた。


月雲つくも!? 隠し場所が 分かったのか?!」

「ああ 腕は……」


 その時、外の門を叩く音がした。物忌み中の武士の家に、誰かが訪ねてきたのである。

 外の声は武士の名を呼んだ。女の声である。


 月雲つきぐも達はその声に聞き覚えがあった。いや、声は知らない他人の女である。


 しかし月雲つきぐもは兄弟姉妹と呼んでも誰のことか浮かんでくるように、声の主も浮かぶのである。


 左腕を落された姉が、武士の家を訪ねてきた。


 七日目の夜のことである。


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