20.櫃 二の段
「思いついた。 人なら 物を 食べるだろう。
物忌み中 門の所に 置かれる飯を 我らで 先に 隠してしまえ」
言い出したのは月雲の兄である。
切り落とされた姉の腕を、七日以内に見つけなければいけない。
しかし腕が隠されていると思しき物置では、件の武士が手足を覆う籠手に脛当ての武装で、抜き身の太刀持て見張っている。
というわけで兵糧攻めであった。
「……」
朝、届いているはずの食糧が無い事を認め、武士は少し思案する顔をした。
珍しく時間をとって、文机で何か書いたものを、門の隙間に差し込んだ。
その間、月雲達は大いに櫃を調べていたが、やはり手がかりは見つからない。
以前月雲が見た籠手と脛当てが入っていた櫃もあったが、怯える者が増えただけであった。
正午。武士は門まで行って、昼の食糧も消えているのを認めると、物置部屋に戻ってきた。
奥の壁に体を預けると、武士は誰ともなしに声をかける。
「聞いてるか? 命惜しくば、今後は飯に手を出すんじゃないぞ」
そう言われて、月雲達は顔を見合わせた。
武士は彼らが見えないが、気配は気付いているはずだ。
本日、件の武士は朝昼抜きである。
かといって、殺意ほど強い怒気がこもった調子でもない。
そして夜。
「汝姉! 汝姉!」
外に居た弟が、物置部屋の前で見張っていた姉の一人に、焦ったように声をかけた。
姉はこの中で一番年長である。
「食べ物に 件の 毒酒が 塗してある!」
「誰か やられたか!?」
「兄だ 棲家で 陰陽師が 診てくれた。
触っただけだから 手だけやられた 治るらしい。
でも 具合が よくない 酒が抜けるまで 休めと言われた」
倒れたのは月雲の兄の一人である。
薬酒を外用薬として使う事はまれにある。その影響の様である。
再び毒酒が使われたわけだが、これに関して月雲達に思うところは、特に無い。
戦なら確かに毒ぐらい使うよな、という感覚である。
月雲に効く毒など件の毒酒ぐらいしかないのだから、それを使うのも当たり前、という感覚である。
先日の事は、あまりにも八岐大蛇になぞらえられていたがゆえに、侮辱と受け取ったまでである。
しかし冷静になってみれば、月雲の存在すら知らない武士達がそんなことを知っているはずもない。
今回も一族を嘲ろうとしたわけでも騙し討ちしてきたわけでもなし。あまつさえ警告までしている。
さて、武士は『誰か』が取り落としたらしい、門の所で散らばっている食糧を右手で拾って桶に放り込むと、溜め息をついた。
四日目の夜のことである。
「人は 寝ないと いけないだろう。
あと二日 寝かさないように 物音を立てて それで 眠り込んだところを 調べるのはどうか」
というわけで武士の家は家鳴り絶えない状態である。
今更ながら怪奇現象だ。
「……元気な様で何よりだ」
武士は軽口で応じた。複数居ると思っていないのか、致命の毒を仕込んだ手前か、反応が無くなってしまったら、それはそれで気になるらしい。
家じゅうから聞こえてくる騒音の中。さて効果のほどである。
「あいつ 寝てないか?」
「寝てるのか?」
「目を つぶってるもの」
試しに足を踏み入れると、途端に目を開けて太刀を構えたりするから質が悪い。
「見えてるんじゃ ないのか?」
「からかわれてるんじゃ ないか?」
見えてはいない。見えていたら年少の月雲達の慌てぶりに吹きだしていたはずである。
「やはり 大風で 家ごと潰そう」
「だめだ。 今あの男が 我らに関わりなく死んだとて 必ず我らのせいにされるぞ」
「棲家のみんなに いい知恵が無いか 聞いてくる」
「あと 二日……」
五日目の夜のことである。
相も変わらず、家じゅうで妙な音が響き。武士は物置の奥に居座っている。
両腕に肩まで覆う籠手、両足に丈夫な金属の脛当て、右手に抜身の太刀を持ち。左手は緩く体の横。常在戦場かくの如しと言った様子である。
「あの男 本当に寝るのか?」
「もう寝てるんじゃないか?」
「入ると起きるぞ」
「他の みんなは 何と言ってる?」
「総出で 手伝うかと 言っている」
「これ以上 入りきれないし 棲家の守りも必要だろう」
「やはり 家ごと 潰すしかない 地震や大風なら 分からない」
「だから だめだ 腕も 探せなくなるぞ」
「それに あの男 家が潰れても 生きていそう」
期限が迫り、月雲たちが完全に浮足立っている。
そこに武士の喝が響いた。
全員が竦みあがり、家鳴りも鳴りやむ。
「夜は迷惑だ。昼にせよ」
武士としては家鳴りに言ったのだが、気圧された瞬間の事である。
呪の力で生きている月雲たちに、強者と認識された瞬間である、覿面に呪が掛かった。
この場に居る月雲で、夜、この武士に悪さができる者は居ない。
六日目の夜のことである。




