18.腕の行方
月雲たちは沈黙していた。
意思がくじけたというよりは、誓約により報復が禁じられたために、縛られているのである。
時折何か言いたそうに口を開き、呪に縛られるように沈黙すると言った調子である。
呪により理を外れるがゆえに、呪に強く縛られる。月雲一族の性であった。
そしてその間に、改めて毒酒の詳しい顛末を聞き、心中はかなり複雑な様子である。
左腕を切り落とされる怪我を負った姉には、月雲がついている。今は清明も来ていた。
「汝姉 汝姉 怪我は 大丈夫だ 治るぞ」
「それより 頼む…… 腕が曝されれば いよいよ鬼が恐れられる……
次は首をと いう話になる……
都中を 家探しされたら また 弟妹達が 殺されてしまう。
それでは 死んだ兄らに 申し訳が無い」
「それは……」
月雲が清明を見ると、清明は難しい顔をして口を開いた。
「それは恐らく当たっている。
陰陽師が腕を引き取ると言ったんだが、武士の連中は渋り通しだ。
鬼の大将の首を掲げられなかったのが、それなりに響いているらしい」
ため息をついて続ける。
「物忌みのため、七日留め置き、誰も入れるなと伝えた。
月雲、期限中に探せるか?」
件の武士の家は分かっている。
密やかに入り、探し、持ち出してくる、それだけのはずだったのだが。
「来たのか?」
音もなく屋敷に入り込んだ月雲は、声をかけられて息をのんだ。
人一人が通れる通路と、両脇の棚の全てに置かれる櫃。物置部屋である。
そして部屋の奥に、人が一人座り込んでいる。
件の武士であった。
太刀をいつでも抜ける様に構えながら、月雲の立っている部屋の入り口を見据えている。
「……来ないか」
件の武士はそう言って、体を背後の壁に預けた。
月雲は混乱していた。
こちらを睨んだまま動かない武士を見ながら、状況を理解しようとする。
おそらく、物忌みの間に鬼が腕を取り返しに来ることを想定して、この武士は一人で張り込むことにした。
つまり腕はこの部屋にある。
月雲を見据えても、剣を抜くでも問い質すでもない。
つまり見えていない。見鬼の才は無い。
しかし研ぎ澄ませた勘によって、月雲の気配を察して声をかけてきた。
そして、いくらなんでも武士の目の前で櫃を引き出して開けていたら気付かれる。
月雲には清明のような、蜜柑をネズミに変えて逃がすような器用な業はない。
非常にやりにくい状況であった。
月雲は一瞬、強硬手段を浮かべたが、騒ぎになっては本末転倒である。
月雲も、およそ射覆に似た事はできる。
箱の上から腕の在り処にあたりをつけて、隙を見て持ち去る所存である。
月雲がそっと足を踏み入れると、少し男の眉が動いた。が、明らかに見えていない。
入り口手前の箱を調べる。
ただの布である。
一つ奥の棚、と手を伸ばした時、風が動いた。
奥の武士が急に踏み込んで、虚空を切っていたのである。
月雲に掠める場所を切り裂き、残心の後、武士は刀を収めた。
「……気のせいか……」
そして男は元の奥の壁の前に戻る。
その間、月雲は硬直していた。
見えずとも触れずとも、切れる、と思えば切られてしまうのが呪の力である。
何より月雲が完全に気圧されてしまった。
この時点で、月雲が力尽くでこの武士に勝つことができなくなった。




