17.誓約
爆発した。
「ああああああああ 許さない! 許さない!」
「よりにもよって 酒呑童子だと!? おまえらがあああああ!!!」
「殺してやる 殺してやる 千に千切って 順に黄泉に送ってやる」
酒呑童子が八岐大蛇に重ねられることは多い。
月雲一族にしてみれば、氏神の化け物退治の神話である。
それになぞらえて長兄を殺される。
月雲に対する最大級の挑発であった。
冥府の使いゆえに、彼らは死に淡白だ。たとえ戦って殺されたとしてもここまで激昂する事は無かっただろう。
しかしこの場合は話が違う。
「あああ 兄らへのこの侮辱 千の首ではまだ足りん 全員殺そう そうしよう」
「武士の家を 教えてくれ 毒酒を出した武士の家 首をとった武士の家 でなければ順に家を潰す 都の端から潰していく」
「優しい姉 裏切られて きっと今頃泣いている 水に浸かった人を送れば 少しは渇きも やわらぐだろう」
「いいだろう 巻き添える子供の 一人や二人や十や百 あの夜死んだ 弟妹の数が 言えるのか」
風が荒れ狂い、大気がビリビリと鳴る。
呪の力に長けた月雲一族、やろうと思えば力を合わせて大抵の事はできるだろう。
しかしこのまま暴走したら、罠にはまるか、都の全勢力を持って殲滅されるか。
月雲が必死に声をかけるが届かない。
「やめろ! 止まれ!
清明 止められないか?
多分 俺が殴っても 止められない」
「流石に用意もなくこの数を止めるのは無理だ。
滅するなら話は別だが、いよいよ止まらなくなるぞ」
「そんな……」
「止まれ お前たち!
私が 奴らの 首をとる!」
鋭い声が響き、風が止まった。
大枝山で一人生き残った姉である。
「私が 誰か一人でも 当の武士の首を獲って来たら 次は皆で 一人 一人と 殺しに行こう。
できなかったら…… 危うい。 報復は 諦めろ」
誓約とは、予め宣言した内容の成否で結果を占う術である。
古来から使われていた呪の一つであった。
呪に縛られる月雲達が、誓約が終わるまで動くことは、無い。
夜、一条戻り橋。
袿をかづいた壺装束、迷ったように行きつ戻りつしている女を見かね、馬に乗った通りすがりの武士が声をかけた。
聞けば先の鬼退治の、武士の家を探しているという。
彼女のかわいがっていた弟妹が、近頃、忽然と消えてしまった。
鬼に食われたのであれば、その仇をとってくれた相手にどうして礼を言わずにおれようか、と、涙ながらに語るのを聞いて、困ったのは武士である。
他ならぬ、彼がその鬼退治の一員である。
ではお礼はいただきました。これにて御免。とも行かない。
夜。女一人。人喰い鬼は居なくとも何かと物騒な平安の都である。
武士は女を馬に乗せ、引いて自分の屋敷に連れて行くことにした。
屋敷のそばまで来たところで、不意に馬が嘶いた。
武士が嘶きの異常に気付いたのは、日頃からの馬との訓練のたまものである。
咄嗟に伏せると、何かが頭上を通った。
武士が女を気遣って見ると、女から生えていたのは人の形をした、しかし鉤爪生えた異形の腕である。
月雲は生来呪から成り、呪を操る一族である。
女でも人の男の数倍の膂力を出せる。刀でもへし折る。馬より速く駆ける。風も呼ぶ。
一方で、呪で負ければ死につながる。
屠るつもりだった最初の一撃を躱された瞬間に、自分と同格の相手と認識してしまった。
一合二合と切り結び、切り合いが拮抗して、その縛りが強くなった。
――切られるかも しれない。
片や強かった兄を殺されたばかりの女。
――切れるかもしれない。
片や鬼を殺したばかりの男。
その呪が偶然重なった瞬間に、決着がついてしまった。
異形に変えた左腕が飛ぶ。痛みは無い。
――自分は 死ぬのか。
――死ぬわけには いかない。
――弟妹達の所に 帰らねば。




