15.子安地蔵
「待て」
早朝。まだ薄明りの老ノ坂。
差し掛かった武士の一団に、女の声がかかる。
この一団、先ごろ妖怪退治を済ませたばかり。
油断なく、持ち物を地面に下ろし、武器を構えた。
武士団の視線の先は、老ノ坂峠に祀られる子安地蔵。
難産の末に亡くなった娘が、旅の仏僧に冥府の苦しみを解かれ祀られて、以後、安産の守り尊となったと伝えられるものである。
「都に 穢れを 持ち込んでは いけない。
その首は そこに 置いていけ」
それを聞き、一人の武士が、ゆっくりと動いて、確かめる様に地面に置かれた櫃に触れた。
――頼む……
月雲は必死で念じていた。
ここにいるのは月雲とその姉。二人とも身を隠している。
首の入った櫃が地面に置かれたら、動かせないように呪をかけた。
呪が負けたら持ち上げられるだろう。
――頼む……
妖怪退治を成し遂げて、自身の呪に守られている武士団が、これを敵の妖術と見たら、たちどころに破ってしまうだろう。
だから声をかけた。
味方である地蔵尊からの導きであると誘導した。
――頼む……
武士数人が入れ代わり立ち代わり、櫃を持ち上げてみようと試みる。
その間に数人が、地蔵の周りを調べ始めた。
ややあって。武士団は地蔵に手を合わせると、櫃を置いて麓に下って行った。
武士団の姿が見えなくなりしばらく、周囲の気配をよくうかがって、はじめて月雲と姉は飛び出した。
櫃に駆け寄り、蓋を開く。
「汝兄……!」
血に塗れるのも厭わず。姉が首を抱きしめる。
月雲は、分かっていたこととはいえ、兄の首を見て呆然としていた。
ぼんやりと視線を彷徨わせると、何ともなしに子安地蔵に向いた。
「……騙って済まなかった 感謝している」
軽く手を合わせる。
奇しくも冥府の王、閻魔大王と習合される事もある地蔵尊だったのは皮肉である。
兄の首を抱えた月雲を伴って、姉が清明の屋敷に戻ってきた。
「ああ ……よかった」
それを見て、死の床の兄が安堵の声を吐いた。
清明も顔を上げる。今の今まで瀕死の兄の延命に力を尽くしていたのである。
長の、思いのほか安らかな表情はいつぞやの日の顔に似ていた。
――生者と酒を酌み交わしたのは 久方ぶりだ 楽しかった
「俺のせいか……あほう」
清明が小さくつぶやいた。
清明は、最期の別れを惜しむ兄弟達を見ながら、職業病である。反魂の法を構築する方法を頭の中で巡らしていた。
呪で作った体なら、首だけでも反魂の法を使えるのではないだろうか。
そんな事を考え、ある要素を持って不可能と気付き、思考を打ち切った。
「……お前には、名が無かったな……」
「俺が 根の国に お連れする。
首が無いと 兄も 困るだろう」
兄の姿が薄くなる。
「すまぬ 汝妹 月雲 先に逝く」
そうして兄は、長の首を抱えると、霧に溶ける様に、跡形もなくかき消えた。




