14.酒宴
「清明! 清明! 何を 言ってる!?」
裏口に向かう清明に、月雲は必至で追いすがる。
誰も居ない裏口の戸が引き開かれた。清明の式神だろう。
一拍置いて、影が戸口に転がり込んできた。
「汝姉! 汝兄!」
大枝山で襲撃に備えていたはずの、月雲の兄姉であった。兄の方は長とは違う男である。その兄は大きな傷を負って、体を横たえたまま苦しそうにしている。
清明が兄を一目見るなり言った。
「体を形作る呪が滅茶苦茶になっている……! 何があった?」
「私以外は みな やられた……」
姉はまるで幽鬼のように佇んでいた。
「陰陽師 お前か? お前が やったのか? お前が……!」
「俺じゃない」
姉の激昂に被せる様に清明が鋭く声を発した。
月雲が二人の間に滑り込む。
「汝姉! 清明は違う! 清明は味方だ!」
月雲の顔を見て涙を浮かべ、姉はその場にへたり込んだ。
「話をすると 言っていた 私は 別の部屋に居た。
突然 兄が 逃げろと その時には もう……」
彼女の言う兄は今、目の前で瀕死の男である。傷に障らないように寝かせているが、思わしくない。
「月雲、お前たちの一族は、上の者達が幼い者の呪を補って形を作っていると言っていたな。
お前の兄を治すのに使えるか?」
「できない 弟妹は 生まれたときから 兄や姉が つきっ切りで 見てくれている その兄や姉でない呪で守ろうとしても だめだ」
「そういう事か……聞いたときはどういう仕組みなんだと思っていたが……」
いわば臍の緒である。
生まれた時から成長を見守り続けている者が、丁寧に体を呪で守ってやることで初めて意味がある。簡単に後付けできるものではない。
苦しい息の下で何か喋ろうとする兄を、清明が見かねた。
「俺の呪で、体の形だけ縛る。
苦しみを減じる事は出来ない、妹弟に伝えたい事があれば言え」
兄は痛みに耐える様に息を吸う。
「人は はじめ 話し合いが したいと」
もう一息言葉を吐き出す。
「酒に 毒を……」
兄の顔が苦痛と憤怒で歪んだ。
姉弟が逆毛立つ。
彼らに言わせれば、氏神の化け物退治になぞらえて、兄が殺されたわけである。
月雲への強烈な侮辱、挑発行為であった。
月雲の事を知らなければ、それさえできない。知っているものは数少ない。
思い当たることがあった姉が、最初に清明に詰め寄ったのはそのせいだ。
「みな 根の国に向かった 心安くせよ ただ……
兄の首だけ 櫃の中に 封じられている」
首をとられた兄は長である。
「首……」
月雲が呟く。
清明が思わず眉を寄せた。
「鬼の首は……宇治の宝蔵に封印される。
大嶽丸がそうだった」
清明の言葉に、姉弟が絶望の表情を浮かべる。
「嫌だ…… 嫌だ そんなの……」
月雲一族が侮辱を受けた長の首のありかを知ったら、形振り構わず押し寄せるだろう。双方無事では済まない。
「取り戻す!」
「待て! 危ない」
飛び出そうとする姉を清明が止めた。
「月雲、前に、自身に掛ける呪の事を教えたな。
今、お前らの兄を殺した者達もそうなっているはずだ。
『鬼でも殺せる』と」
「……まさか」
「死ねば消えてなくなるお前の兄が、首を獲られている意味を考えろ。今なら人でもお前らの呪を越える」
事の重大さに気付き、姉と月雲が止まった。
「いいか、戦わずに、兄の首を取り返す策を授ける。機会は一度だけだ」




