13.凶勢
篝火が燃え、ものものしい気配、甲冑が動き、擦れ合う音。木のざわめき。
山の中への奇襲ということで、大軍ではない、少数精鋭である。
清明は難しい顔をして、少し高い位置から人間の軍の様子を見ていた。出陣前の加持祈祷に呼ばれたという名目である。
「確かに 鍛えられている だが 兄らを どうにかできるとは思えない」
傍らの月雲が呟いた。それに関しては清明も全く同感であった。
「あそこ いくつか 強い力を感じる けど」
「本陣だな、名のある者が詰めているから、力ある品を携えている人間も多いだろう」
「けど 人の身で 兄達全員を相手取れるほどのものではない。
三十三節の山鳥の尾羽も 八槻鳴鏑もここにはない」
「同感だ。戦となれば、持ち込まれる物には多かれ少なかれ呪がかかる」
清明はぐるりと、しかし鋭く全体を見渡す。
「だが、お前の兄達を相手に戦況を覆すような物はまるで見当たらない。
じゃあこの気配は何だ、くそ」
待ち受ける月雲の兄たちは、いずれも理外れた超常の存在である。
本来、人間がどうにかできるものではない。
例の気配はここにも漂っていた。何も起こさず、消えつ、霞みつ、そこに在る。
「清明 まだ凶相か?」
「ああ」
「兄たちが?」
「そうだ」
木々がざわめき。勘のいい武者が数人、顔を上げた。
「月雲」
清明の呼びかけで冷静になったのか、気配が急速に弱まる。
「流石に、この人数を相手取るのは無理だ。お前では。
ここで暴れたら庇いきれん」
月雲が発したのは、いわゆる殺気や妖力といった類いの気配であった。
清明が気配の元と見て、武士たちも準備に戻る。清明なら何かやったんだろうと思われたらしい。
清明は山道を見やった。
「途中で奇襲をかけるぐらいならお前もできるだろうが……その分、警戒させるだろう」
「……俺では 兄たちの足手まといだ……清明……」
「しっかりしろ、時間まで異常を探す」
しかし、奮闘空しく、無情にも武士団は出立する。
山までついて行こうにも、急に申し出れば渋られるだろう。
そもそも何が起こるのか分からないのだ、その場に居て対応できる事かどうかすら分からない。
「双方に見張りは付けてある……だが……いや、ここまで来たら仕方がない。
屋敷に戻るぞ、次ここに来るのは、夜が明け武士たちが戻って来るはずの時だ」
清明の屋敷で夜を徹し、待つ。
月を見ながら、報せを待つ。
月雲が今まで感じた事もない、長い夜だった。
いつもなら死者を送っている時間である。
鍛錬している武者と言えど、一対一なら月雲でも分があるほどなのだ。
兄たちは大丈夫だ、大丈夫なはずなのだ。
兄たちを傷つけるものなど、そうあるものではない。
ガタンと清明の部屋から音がして、月雲は人並みに跳び上がる。
しばらくして、憔悴した風な清明が部屋から出てきた。
「月雲……すぐにお前の身内が報せを持って来る……」
気をしっかり持って聞け、と言われ、月雲は清明の顔をまじまじと見つめた。
「お前の兄たちは討たれた」




